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【2017年9月アクセスランキング】哲学者の勉強論に高い関心

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(左上から時計回りに)慶應義塾大学戦で完投勝利を挙げた硬式野球部の宮台康平投手、東海大学戦で先制点を決めたアメフト部の瀬戸裕介選手、THE世界大学ランキングでの東大の順位の推移、立命館大学の千葉准教授

 

 東大新聞オンラインで9月に公開した記事の9月中のアクセス数を調べたところ、1位は東大出身で現在立命館大学の哲学者・千葉雅也准教授へのインタビュー記事だった。主に受験生向けに学生時代の生活や受験勉強について話を聞いた。駒場での授業を通して千葉准教授が批評家としての型を身に付けていく過程や、一歩引いた視点で考える深い勉強が注目を集めたようだ。

 

 2位は東大が過去最低の46位となったTHE世界大学ランキングについての記事。東大が世界中の大学と比較されるこのランキングは毎年高い注目度を誇っている。海外の大学と比べると国際性の低さが目立つ結果となった。産学連携の部門に関しては、アジア圏内で順位を上げている中国の大学が満点近い点数を獲得しているのに対し、東大は52.7点にとどまっている。

 

 今回のランキングにはスポーツ関連の記事が五つランクイン。3位はラクロス部男子の中央大学との一戦。終了間際のゴールで引き分けに持ち込んで勝ち点1を獲得。しかし、ラクロス部男子はこれ以降の試合で予選リーグ敗退が決定している。4、7位はそれぞれアメリカンフットボール部の桜美林大戦と東海大戦を伝えた。どちらも試合後半に相手チームの追い上げを食らったが、振り切って点差をつけて勝利した。

 

 5、8位は硬式野球部の慶應義塾戦の速報記事だった。勝ち点には結び付かなかったものの、初戦はエース宮台康平投手(法・4年)の完投で今季初勝利を奪った。今季好調の東大は、10月7、8日の試合で法政大学に連勝して15年ぶりの勝ち点を挙げている。

 

 6位は今年の司法試験の合格発表について分析した記事。東大法科大学院の司法試験合格率は過去最低の昨年から微増し、49.4%になった。受験者全体の合格率は25.9%であり、法科大学院に通わずに予備試験を経由する人が増えて続けている傾向を伝えた。

 

 9位には、スマホゲーム「Pokémon GO」と労働者の心理的ストレスの関連についての渡辺和広さん(医学系・博士3年)らの研究を報じた記事がランクイン。この研究で「Pokémon GO」の継続的なプレイが労働者の心理的ストレス反応を減らすという科学的証拠が示された。10位は「東大今昔物語」で、東大新聞の紙面から昔と今の東大生の引っ越し事情を比較した。

 

【2017年9月アクセスランキング】

1         千葉雅也准教授インタビュー・哲学者から見た受験勉強 勉強は知の人類史の継承

2         THE世界大学ランキング 東大は過去最低の46位に

3         ラクロス男子、残り1分で劇的同点ゴール 中大と引き分ける

4         アメフト 桜美林大に38得点で快勝 リーグ戦を白星発進

5         硬式野球 宮台投手完投で慶大から今季初勝利 打線も今季最多の5得点

6         司法試験合格発表 東大法科大学院の合格率は微増

7         アメフト 東海大を24―14で下し開幕2連勝 後半の守備に課題も

8         硬式野球 14年ぶり2桁得点も勝ち点の壁高く・・・ 宮台投手、四回途中8失点KO

9         「Pokémon GO」は労働者の心の健康の保持・増進に有効

10        【東大今昔物語】1986年1月28日発行号 引っ越し事情の昔と今

※ 当該期間に公開した記事のみを集計

 

過去のランキング

【2017年8月アクセスランキング】「駒場図書館冷房停止」が1位

【2017年7月アクセスランキング】宮台教授のメッセージに注目

【2017年6月アクセスランキング】「N高」に注目 論文不正問題に依然高い関心

【2017年5月アクセスランキング】高橋まつりさん関連記事に大きな注目

【2017年4月アクセスランキング】今年も新入生アンケートに高い関心

【2017年3月アクセスランキング】トップは東大生のテレビ 合格発表の記事も上位に

【2017年2月アクセスランキング】東大女子の座談会特集、入試関連記事に注目

【2017年1月アクセスランキング】1位はブラックラボ検証 受験関連記事も人気

【2016年アクセスランキング】東大新聞オンラインで今年1番読まれた記事は……?

【2016年11月アクセスランキング】トップは図書館閉鎖問題 アメフト、制作展の記事が続く

【2016年10月アクセスランキング】ボカロ講義録が1位に 2位は新設の研究者支援制度


2017年10月17日19:35【記事修正】第3段落「引き分けに持ち込んで勝利」は「引き分けに持ち込んで勝ち点1を獲得」の誤りでした。おわびして訂正します。

【2017年9月アクセスランキング】哲学者の勉強論に高い関心東大新聞オンラインで公開された投稿です。


【世界というキャンパスで】額田裕己さん① 大自然での一人旅へ

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 僕が日本をたったのは2016年の8月も末の29日である。行き先はニュージーランド。1月末までの2カ月の滞在期間のうち、前半2カ月半は語学学校における英語の学習、後半2カ月半はバックパックを背負ってのニュージーランド南北縦断旅行である。

 

 この留学兼旅行の目的は三つあった。一つ目は英語を身につけること、二つ目はスポーツボランティアをすること。そして最後の一つはバックパッカーとしてニュージーランドを南から北へ縦断することである。生まれてから19年間、新幹線すら1人で乗ったことのない僕にとっては大冒険である。

 

 なぜ右の三つに目的を決めたのか。英語に関しては高校生の頃から話せるようになりたい、という思いが強かったからだ。またスポーツボランティアについては、僕が中高6年間は陸上競技部に打ち込んだ人生を送っており、その経験を活かしたいと思ったからである。最後に、バックパッカーとして一人旅をしようと思ったのは、かつて読んだ沢木耕太郎の「深夜特急」という1冊のエッセイに憧れたからである。その本で彼はインドからロンドンまで乗り合いバスで行く、という壮大な旅行に挑戦した。もちろん一人、バックパッカーとしてである。もしこの1年間の休学の機会を逃すと、海外を一人ふらつくなんてことをする余裕は自分の将来どこにもない。その考えが僕を一人バックパッカーの旅に駆り立てた。

 

北海道の中標津開陽台マラソンでのスポーツボランティア(写真は額田さん提供)

 

 こうして僕は入学願書とともにFLYプログラムへの参加希望書を出し、運良く面接に合格し、5月にFLYプログラム第4期生として正式に採用された。それから4カ月ほどは陸上競技会やマラソン会場などでスポーツボランティアをしつつ、アルバイトで旅費を貯めて着々と海外渡航の準備を進めた。行き先のニュージーランド、これはFLYプログラムに採用された直後に決めていた。理由は簡単である。僕はオセアニアが好きなのだ。こう言うとオセアニアに通い詰めた旅行者のような雰囲気が出るけれど、そんなことはない。高校2年生の時、修学旅行でおとずれたオーストラリアに感動した。それだけの話だ。しかし初めて海外を訪れた17才の僕にとって、オーストラリアで触れるもの全てが刺激的であった。優しくフレンドリーな人々、日本と真逆の気候、スケールの違う大自然。もしまた日本を出る機会があったなら、オセアニアに行こう。そう心に決めていたのだった。

 

 8月末、僕は成田空港からオークランド空港に向け直行便で日本を発った。隣の席にはニュージーランド人だろうか、白人の男性が座る。客室乗務員も皆英語で話しかけてくる。いよいよ初めての海外一人旅が始まるのか。心からの実感が湧いてきた僕は、拙いジャパニーズ・イングリッシュで機内食を頼みながら一人気分を高ぶらせた。

 

ニュージーランド到着時の空港にて(写真は額田さん提供)

 

(寄稿)=続く


この記事は2017年10月17日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

ニュース:15年越しの歓喜 連勝で勝ち点奪取 硬式野球法大戦 打線爆発で計17得点
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企画:「偏向報道」実態と原因 ネット普及で問われるメディアの在り方 
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「偏向報道」 実態と原因 ネット普及で問われるメディアの在り方

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 インターネット上でよく使われる言葉として「偏向報道」がある。テレビや新聞などのマスメディアが政治的に与野党のどちらかに「偏向」した報道を展開しているという指摘だ。実際にメディアは「偏向」しているのだろうか。事実だとしたら、その原因は何なのか。メディアの当事者とネット社会に注目する社会科学者に話を聞いた。

(取材・衛藤健)

 

枠組みとらわれ「角度」つけ報道

 

●既存メディアの問題点

 民進党の代表だった蓮舫氏の二重国籍疑惑は政局に大きな影響を及ぼした。その発端となったネットメディア『アゴラ』の編集長、新田哲史さんは既存メディアの最大の問題点を「従来の枠組みにとらわれている点」だと話す。「例えばある新聞では自民党政権批判という『社内の空気』によって、事実に対して独自の『角度』をつけた報道を展開しています」。このように「社内の空気を読んで」事実と意見が混在する記事を発信した記者が、社内で評価され出世につながるためだという。

 

 逆に、自民党政権を擁護する立場の新聞社もそれに拘泥するあまり両陣営が「ポジショントーク」に陥っており、新田さんは「最終的には既存メディア全体の信頼性を低下させてしまうのでは」と懸念する。

 

 新田さんはさらにこう続ける。「自社の報道内容に不都合な真実が出てきても、それを見て見ぬふりをすることが多い」。読売新聞が「イラクの大量破壊兵器保持」によるイラク戦争を支持し、それが事実ではなかったのにもかかわらず報道内容を検証しなかったこと、朝日新聞が「議員の二重国籍は海外で認められている」と主張しながら豪州で議員が二重国籍のため辞職した事実を黙殺しようとしたことを例に挙げる。

 

●ネットメディアの課題

 昨年の米大統領選以降、「フェイクニュース」という言葉が注目されるようになってきた。この流れを新田さんは「古くて新しい問題」と指摘する。ネットの普及によって多くの人が情報発信をできるようになったこと、一般人にも真偽を判断しやすくなったことは事実だが、これまでも新聞・テレビなどを通して「フェイクニュース」は少なからず発信されてきた。ただ「すでに成熟したメディアである新聞やテレビには一定の自主規制が存在する一方で、さまざまな団体が参入してくる過渡期にあるネットメディアにはルールがありません」。欧米の新興メディアでは、政治家の発言内容などを検証するファクトチェックの取り組みが増え、日本でも注目されているが、「新聞社は日常の紙面発行などに追われていて、ファクトチェックなどの『21世紀のメディアの在り方』を十分模索できていない」と指摘する。

 

 一方で、「自由に書ける」ことがネットにおける言論活動を活発にしているだけに、「自由」を制限することになる規制のバランスは難しい。あまりに厳しいルールだと、ネットメディアも既存メディアと同じように枠組みにとらわれてしまう可能性があるからだ。新田さんは蓮舫氏の二重国籍疑惑も「自由度の高いネットメディアだからこそ疑問を呈することができた」と振り返る。

 

●今後のネットメディア

 では、これからネットメディアはどのような展開を迎えるのか。新田さんは「一つ一つのネットメディアは資本力がなく、現在の新聞やテレビの機能をそのまま代替することはないでしょう」と分析する。代わりに小規模なサイトが分立し、現在のテレビ・新聞のように「ヤフーニュース」や「スマートニュース」のようなプラットフォームが網羅的に情報を発信する媒体として機能する(図1)

 

 

 このようにプラットフォームが寡占状態になると公共性が生じるため、より「中立」的な運営が求められるようになる。現状では「大手のプラットフォームでも、政治的な話題で一方に肩入れした報道を行うことがまれにある」という。その中立的な運営のためにも、相互チェックが可能なライバルが必要だ。ただ、先行者が優位に立つネットの世界では、プラットフォームの寡占は避けられない。「個々のジャーナリストが原点に立ち返り、ファクトとロジックに忠実に報道すること。プラットフォームの側は社会的責任を認識し、自浄作用を働かせる必要があります。『一強』はゆるみを生みますから」

 

新田哲史(にった・てつじ)さん

(『アゴラ』編集長)

 00年早稲田大学法学部卒。読売新聞記者などを経て、15年より現職。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。

 

ネット通じ保守的基盤が顕在化

 

●失われた「中立」の位相

 文化人類学を専門とし、95年以来ネット社会を研究している木村忠正教授(立教大学)は「『メディアは中立』という考えそのものが20世紀特有の思想だ」と指摘する。自由主義陣営と共産・社会主義陣営とに二分された中で、大衆に影響を及ぼすメディアは「中立」であることが求められた。しかし、80年代以降、「大衆」は価値観が分化することで「分衆」「個衆」へと分化。「さらにネットやスマートフォンの普及によって、より個化が進展しています」。価値の多元化、個化により「中立」の位相が失われたという。

 

 他方、ネット世論は「極端な意見を持つ人が声を挙げて形成されるもの」と認識されることが多いが、木村教授はこの考えは間違いだと断じる。「大手ニュースサイトのコメントなどを分析した結果、一部の過激な人の主張が拡散される傾向にあることは確かですが、95%以上の投稿者は穏当で、約7割の書き込みを占めており、ネット世論は多様な社会を相当程度反映しています」

 

●偏向報道が叫ばれる理由

 木村教授は自らの調査に基づいてこう指摘する。「『右傾化』といわれますが、文化心理学的観点からみると、政治的に保守的な人の方が社会の主流派なのです」。木村教授が調査に用いたのは道徳基盤理論(MFT)という文化心理学的議論だ。この理論では、六つの価値基準(図2)のうちどれを重視するかによって、保守・リベラルが区別できるという。保守を自認する人は六つの価値基準を全て重視するが、リベラルを自認する人は権威や所属集団への従順は低い反面、他者への思慮、公正さを重視(図3)。日本でMFTを用いた調査によると、約7割の人は保守に分類されるが、リベラルは約25%にとどまる。「これらの価値基準は人間に必要だからこそ根付いてきたもので、人類史の観点からみれば、保守が主流なのです」

 

 

 

 その上で、ネット上で「メディアは偏向している」という指摘が見られるようになった背景を、木村教授はこう分析する。第2次世界大戦の災禍を経験し、権威、内集団への服従という保守的価値観は社会的に抑制されていた。特に知識人層やマスメディアでは、リベラルな価値観が支配的であり、それに対する違和感が表出される回路も限られていた。「しかし、人類史的に見ればこれは例外的時代であり、戦後70年、冷戦後20年以上たち、保守的基盤が社会的に顕在化するとともに、ソーシャルメディアがマスメディアへの対抗言説の場として機能するようになりました」

 

 ただ、木村教授は、リベラル的価値、マスメディアが果たす役割の重要性を指摘する。「権威、内集団への過度の服従が破滅的事態を招来しかねないことを、人類は多大な犠牲を払って学んだはずです。マスメディアには、人類の持つ保守的傾向を十二分に踏まえながら、暴力、憎悪の暴走を防ぐ世論を形成する責務があると考えます」

 

木村忠正(きむら・ただまさ)教授

(立教大学)

 95年総合文化研究科博士課程単位取得退学。Ph.D.(文化人類学)。早稲田大学理工学部教授や総合文化研究科教授などを経て、15年より現職。


この記事は2017年10月17日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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【N高生のリアル⑧】ネット部活のリアル N高クイズ研究会の生態系

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 「ネットの高校」N高等学校。生徒たちのコミュニケーションはビジネス向けに開発されたチャットツールSlackで行われており、ホームルーム活動の様子を以前紹介したが、実は「部活動」も盛んだ。#club_artというチャンネルで活動している美術部は、プロのイラストレーターが顧問につき、生徒がアップした作品を細かく添削している。

 

 

 Slack上で形成されているN高生の独自の生態系は本当に興味深い。今回はネット部活で屈指の盛り上がりを見せていると校内で評判の、「クイズ研究会」の活動に迫る。

 

ドワンゴ本社の放送ブース

 

 10月某日。東銀座のドワンゴ本社を訪れた記者は、クイズ研究会の公開ニコニコ生放送に立ち会うべく、配信が行われる部屋に案内される。別取材の都合で放送開始ギリギリに部屋に滑り込んだ記者が、渡されたイヤホンを耳に挿すと、クイズ研究会のボイスチャットにつながっているらしく、部員の声が聞こえる。

 

「もうすぐ始まるよ!出だし大丈夫?」「あー、電波が悪い…」「〇〇さんまだログインしてないの?」「山田さん(N高職員)、この箇所ってどう会話しますか?」

 

 つないでいる部員は7~8名。全員が放送開始に備えている。

 

 生徒たちとやりとりしながら、N高の職員・山田大一さんと特別顧問・吉田尚記さん(ニッポン放送アナウンサー)が配信の準備を進める。

 

N高職員・山田大一さん

 

高校生、ニコ生を運営する

 

 よし、スタート!

 

「2代目会長のYamiです。最近寒くなりましたね。私の住んでいるところはすごく雨が多いんですよ」と、アナウンサーのごとく慣れた話し方だ。「さて、今日は寒い秋の問題を出してみたいと思いますよっと」

「問題 高温多湿な夏の暑さによる体調不良の総称を夏バテと言いますが、秋の急激な気温変化による体調不良の総称を何というでしょうか」

「えーと、夏負け?」「秋バテはないでしょさすがに」

「秋バテで合ってますよ」「あるんだ!?」「病院の先生も使ってますよ」といったやりとりを交えながら生放送がスタートした。

 

 

 なんと、「ニコ生」しながら部員たちは活動する。部員生徒によるボイスでの参加、部員生徒のSlackでのチャット画面、中継ブースにいる吉田さんと山田さんの2人、そしてニコニコ生放送特有のコメントと、多重的なコミュニケーションが展開されている。

 

 冒頭クイズの後、ボイスチャットでつないでいる部員がそれぞれ自己紹介。

 

「MacBook Proを買ってテンションが高い私です」「急に思い立って、大阪のユニバ(USJのこと)に来てまーす」

「安心と信頼のショッピングモールからの中継です」

 

 生徒の中には、しっかり原稿化している生徒や、移動中などの都合でボイス参加できずSlackのチャットで参加し挨拶する生徒もいた。現場の2人とボイス参加の生徒が掛け合いしながら、Slackやコメント上で別のコミュニケーションが進んでいるあたりはニコニコらしい。

 

 N高は編入も受け入れており、この10月からN高に入り、早速クイズ研究会に入部した生徒も参加。「クイズ初心者ですがよろしくお願いします」とSlackで挨拶。先輩メンバーから「毎日のフリバの様子から見ると、彼はクイズ初心者ですが…強いです」と評価を受けていた。

 

 「フリバ」とは、クイズ研究会が毎日行なっている「フリーバッティング」のことだ。クイズ界の用語で、特にルールを決めず行う早押しクイズので、N高ではそれもSlackで行われる。

 

 N高のクイズ研究会は、昨年の9月の立ち上げ後、続々と部員が加入し、現在35人に。高校のクイズ研究会としては大所帯である。

 

 自己紹介が終わった後は、部員一人一人が宿題として作ってきたクイズ問題をみんなで解き合うコーナーに移る。

 

Slack × ニコ生

 

 第1問はご当地問題。

 

「問題 江戸時代に、武蔵の国の灌漑用溜池の一つである見沼溜井の代わりに作られた、巨大な用水路の名前はなんでしょう?」

 

 回答者は Slackで挙手する。

 

「(^ p^)/」「!」と2人の手が挙がり、最初に指された1人が答えを当てる。

 

「答え 見沼代用水」

 

 一発正解。答えが出た後は、特別顧問・吉田アナとクイズ作成者のディスカッションが始まる。

 

「この答えはすごくクイズっぽいね。ただ、単なる知ってるか知らないかの問題になってるから、エピソードがあるともっとクイズっぽくなるんだよね。第何代将軍によって作られたとか、ご当地問題として〇〇から××に流れるとか」

「なるほど。それでしたら『日本三大農業用水の一つ』というのはどうでしょうか」

「いいね! というかそんなのあるんだ。俺初めて聞いたよ」と麻布高校時代からクイズキャリアを持つ吉田アナが感心する舌を巻く。

「はい、葛西用水路(埼玉県、東京都)と明治用水(愛知県)です」「あ、それ俺地元だよ」と他の生徒が合いの手を入れる。

「この辺の会話、十分に高校生クイズ選手権決勝レベルです」と吉田アナ。このようにして各自が毎日知識を磨き合っていくのだろう。

 

 生徒にはそれぞれ得意な分野があり、最近加わったハンドルネーム「かにさん」は、カニにまつわる知識が豊富で、部内でも異色の存在感を放っていた。

 

特別顧問・吉田尚記さん(ニッポン放送アナウンサー)

 

「問題 地域おこしなどにも利用され、独自の食材の調理法などで、他地域との違いを出した料理や飲食物の総称はなんでしょう?」

 

 すぐさま「!」がSlack上に並ぶ。「郷土料理」「ご当地料理」「特産品」「B級グルメ」などしばらく生徒たちが答えを出しあった後、正解が出される。

 

「答え ご当地グルメ」

 

 一連のやりとりを見ていて、吉田アナが口を開く。

 

「問題文が悪いね。限定が甘いパターンです。例えるならば『徳川家康って誰?』という質問と一緒。『日本人』とも言えるし、『男』とも言えるでしょ。『徳川家康は江戸幕府第何代将軍でしょう』と聞いたら答えやすいでしょ。

 クイズを作る力というのは、会話で相手に答えやすくさせる技術とすごく似ていて。問題文を作るのがうまい人は会話もうまい。事実、クイズ研究会の人たちはフリートークが面白いが多い。会話が武器にならない仕事はないから」とコメント。このように、作問→解答→吉田アナのフィードバックが続く。

 

「問題 山口県の旧国名は長門ですが、青森県の旧国名はなんでしょう?」

「答え 陸奥」

吉田アナ「うん、これは前振りがあって答えやすいね。上手です」

「問題 一般に名古屋飯と言われる台湾ラーメン、天むす、ひつまぶしの中で、名古屋が発祥であるとはっきりしているのはどれでしょう? 答えは一つとは限りません」

 

 吉田アナより、「これは早押しというより、ボードクイズに向いているから、形式を変えようか。みんな、Slackに書いてください」と指示が出され、各自がSlackに「ひつまぶし、台湾ラーメン」「天むす、ひつまぶし」「台湾ラーメン」と書いていく。

 

 

「答え 台湾ラーメン」

 

 このように、チャットを駆使したさまざまなクイズ形式も試されている。

 

「問題 飛騨山脈、赤石山脈、木曽山脈のうち、3000m級の山を擁していないのはどれでしょう?」

「答え 木曽山脈」

吉田アナ「なんでこの三つの山脈なのかということが、知識がない人はわからない。だから『日本アルプスである』と前に付けると分かりやすい。こういう風に、クイズを作るのには優しさが必要です」

 

「クイズ」の先にある力

 

「問題 国の重要文化財として、横浜の山下公園で保存されている貨客船はなんでしょう?」

「三笠?」など数人が答えた後、正解が出てくる。

「答え 氷川丸」

 

 ここで作問者の豆知識が披露される。「戦艦三笠といえば(注:日露戦争で活躍)、戦後、GHQの指示で艦上構造物を全て取り除かれ、ダンスホールと水族館が設置されて娯楽施設になったんです。しかし、三笠の歴史的価値を理解していた日米の人が、さすがにその状況を見ていられないと復元運動をして現在のように保存されるようになったんです」

 

 それを受けて吉田アナが「いい話だな。そういうエピソードはすごく大事だよ。ぜひ問題文に入れてみてね。みんなのそういう知識はすごいね。よし、来週は戦艦シリーズで作問しようか」。

 

 みんなが「やりたい!」とリアクション。「みんな話止まらなくなりますよ」と盛り上がる。どうやら、『艦隊これくしょん』ファンが多いようだ。

 

吉田アナみんなの知識を生かして、エピソードをつけて作問して。でも短くするというのは忘れないで。かつ、自分や部員だけがマニアックに面白いというのはダメね。クイズはエンターテイメントなので、普通の人が聞いて『分かる。面白い』と思ってもらうことを意識して。『何それ?』って言われたらクイズは成立しないんだよ。

 みんなが将来、こうやってクイズで培ったたくさんの知識を持つ大人になったとする。でも知識って、他の人に伝えられなきゃ意味がないんだ

 

 それを受けて部員は「頭がいいとは、知識があるのではなく、難しいことをどれだけ優しく伝えられるかですよね」「教えることが一番頭を使いますよね」と反応を示す。

 

吉田アナ「そうそう、相手がどういう状況にあるかを理解しないと伝えられないからね。クイズの問題文というのは、実はすごい技術が詰まったいい文章なんですよ。本当にクイズを真剣にやっている人たちは、『答えてくれてありがとう』と思っています」

 

 「んー」と嘆息のようなものがボイスチャットから漏れる。生徒の表情や思っていることは知る由もないが、そこには何か大事なことを学んでいるような雰囲気が満ちていた。

 

吉田アナ「来週の問題は一人1問じゃなくてもいいですよ、何十問でも作ってきてくださいね」

「たぎるわ〜!」などと生徒の反応。「やりたいだけやりな」と吉田アナが発破をかける。

 

「N高クイ研」 その教育的価値

 

 生放送は終了。記者もボイスチャットで生徒たちと交流する。会長は、事前に他の部員に原稿を添削してもらっているらしい(「生放送なので、心配になるじゃないですか!」)。会長は入部理由について「私は中学まで体育会系だったけど、こういう世界もあるのか、と思って、楽しくて」と話した。

 

 1時間半に及ぶニコ生の番組を立派に生徒たちが作り上げていることに、職員の山田さんは「昨年9月の立ち上げから、1年かけてここまで来れた」と胸を張る。

 

 N高は実際のキャンパスに通う通学コースとネットコースの二つがあるが、クイズ研究会の部員はほとんどがネットコース生。自身も高校時代からクイズ研究会に所属していた吉田アナは「お互いに問題を出し合うというスタイル自体は、クイズ研究会では一般的なもの。クイズは一人ではできないコミュニケーション。問題を作って出し合うという仲間が必要。ただ、ネットの活用によって、体を集めなくてもできるようになったことが新しい」と言う。

 

山田さん「クイズ研究会という活動は、ネットの高校であるN高にふさわしいのかもしれませんね」

 

 部としての目標は、高校生クイズ優勝だという。

 

 ネットで、離れた仲間とクイズを通して高め合う。互いに異なる得意分野があり、個性を発揮する。好きで詳しい分野が武器になる喜び。特別顧問がつき、知識を人に伝えるためのトレーニングを受ける。

 新しい学びのスタイルを、記者はそこに見た

 

【N高生のリアル】

昼休み明けの恒例授業「サークルリーディング」とは?

東大受験から基礎固めまで レベルに合わせた英語教育

「N高は『道具箱』」 可能性を生むプログラミング

ITで教育はどう変わるか? 「N予備校」の理念や開発経緯に迫る

Slackで交わされる「オンラインホームルーム」とは

長期実践型教育「プロジェクトN」のリアル

「皆は俺の宝だ〜!」奥平校長の愛の叫びと海外からのまなざし

ネット部活のリアル N高クイズ研究会の生態系

「孤独な通信制」という常識を覆す Slackで育まれる友情

【N高生のリアル⑧】ネット部活のリアル N高クイズ研究会の生態系東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【世界というキャンパスで】額田裕己さん② 英語力と自信つかむ

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 オークランド空港に翌朝7時に到着した僕は、送迎の車でホームステイ先へ向かった。幸先のいいことに、ホームステイ先の家族はフレンドリーでとてもよくしてくれた。しかしそんな居心地のいい家庭に落ち着く暇もなく、翌日からはもう語学学校が始まるのである。

 

 実は留学前まで、僕はニュージーランドに驚くことはできないのではないか、と考えていた。日本人に比較的身近である西洋文化圏においては、どんな文化があるのかある程度予測がついてしまうのである。

 

 しかし語学学校はいい意味でその期待を裏切ってくれた。そこは多様性にあふれる空間であった、何しろ英語圏を除くあらゆる地域からの留学生が生活しているのである。多様性の少ない日本に19年間生きてきた僕にはそれがとても面白かった。タイ人と友達になったら激辛タイ料理を毎日のように食べさせてくれた。友人のコロンビア人はひたすらにテンションが高く、いい歳をして授業中に小学生のようにはしゃいでいる。断食明けの日にはアラブ系の留学生が食堂で踊り狂っていた。そこには異色の人間とかちょっと変わったやつ、といった概念は存在しないのだ。それは僕にとって大きな驚きであった。

 

濃密な2カ月半を過ごした語学学校(写真は額田さん提供)

 

 せっかくの留学体験記なのだから、ここで英語の勉強について話そう。到着直後、少しは日本で勉強してつけた(つもりであった)僕の英語力はほとんど歯が立たなかった。ホームステイ先のファミリーはなるべくゆっくりと喋ってくれたけれど、正直なところ半分ほどしか理解できないのである。語学学校は語学学校で、友人は必ずしも英語に堪能な人ばかりではない。喋っているペースは遅いにも関わらず、クセが強くて何を言っているのか解らない。そんなこんなで最初の1カ月は悪戦苦闘である。正直なところ、1カ月経っても僕の英語力は会話と呼べるものではなかった。

 

 それでもなんとかコミュニケーションがとれたのはなぜか。とりあえず日常的によく使うフレーズを溜めていったのである。日本語で言えば「それわかる!」とか「ほんとに!」といったごく簡単なものだ。そういう種類の言葉をいくつか駆使して混ざりにいく。それだけでなんとなく会話できている気がするから驚きである。そうしているうちに語彙が増えていく。ある程度自信がつく。「自分は英語が話せる」と感じ始める。するともっとレベルの高い会話をしたい、と思い始める。そうやって僕は、徐々にではあるけれど英語力と自信とをつけていった。

 

 語学学校に滞在した2カ月半は、恐ろしいほど濃厚で、また一瞬に感じられた(記事も一瞬だ)。僕のいた語学学校では、毎週新しい入学生が来て毎週プログラムを終えた生徒が卒業していく。11週の学生生活を終えた11月11日、僕は語学学校を卒業した。

 

語学学校卒業の日、クラスメートと共に(写真は額田さん提供)

 

 しかし僕がニュージーランドに来た最大の目的は、語学学校で得た英語力を生かしてバックパッカーをすることである。留学はここからが本番であった。

 

寄稿=(続く)

 

【世界というキャンパスで】額田裕己さん

【世界というキャンパスで】額田裕己さん① 大自然での一人旅へ


この記事は、2017年11月7日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

ニュース:5割以上が自民に 衆院選×東大生 世代間で投票率に差
ニュース:9季ぶりリーグ優勝 軟式野球部 舞台は東日本大会へ
ニュース:ヒトiPS細胞から運動神経モデル作製
ニュース:硬式野球部 単独最下位を脱出 楠田選手がベストナイン
ニュース:学務システムでアンケート 新学事暦への評価問う
ニュース:いざ、北の大地へ
ニュース:進学選択を振り返る② 面接・志望理由書の実態 評価基準の不透明さに疑問
企画:10月27、28日 柏キャンパス一般公開 最先端の科学を味わう 
企画:他者との直接のつながりを 京都大学・山極総長、本郷でAIについて講演
企画:最新技術で溶け合う境界線 進化する最新ゲーム事情
著者に聞く:『21世紀のアニメーションがわかる本』土居伸彰さん
世界というキャンパスで:額田裕己さん(文Ⅲ・1年)②
キャンパスガール:髙橋紗里奈さん(文Ⅱ・1年)

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【世界というキャンパスで】額田裕己さん② 英語力と自信つかむ東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【飛び出せ! 東大発ベンチャー】POL 理系学生と企業をマッチング

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写真はPOL提供

 

 研究者がより研究に専念できるように。そんな思いので現役東大生の加茂倫明さんがPOLを立ち上げたのは2016年9月のことだった。POLはテクノロジーを用いて研究室の課題解決を実現したいという思いで事業を展開している。

 

 POLが提供しているのは「LabBase」という学生と企業のマッチングサービス。研究に集中しながら、就職活動を円滑に進められるようにするサービスだ。学生が自分の研究内容やスキル、実績などをプロフィルにあらかじめ書いておくと、それを見た企業が学生をスカウト。学生側は、自分の研究やスキルを活かした就職活動が簡単にできるという。

 

 「LabBase」には現在3000人以上の学生が登録しており、多くは国立大学の理系学生だ。対して企業側の利用は、パナソニック、ホンダ、住友化学、ヤフー、アマゾンなど約40社に上る。トップレベルの理系学生が良い待遇を得られる企業を厳選しているという。ただ「そもそも少子化などの影響で人手不足が進み、売り手市場といわれていますが、特にAIなど理系の一部の業界では競争がさらに激しくなっています」。

 

 理系学生は研究の多忙さなどから、あまり就職活動に積極的ではなく、企業側もどのように学生ににアプローチできるか不明確だった。そんな中「LabBase」は理系学生と企業のマッチングを実現。あまり就職に積極的でなかった学生の側も就職活動に時間を割くことなく就職先を決め、目の前の研究により専念できるようになった。

 

写真はPOL提供

 

 加茂さんが起業を志したのは高校2年生のとき。祖父が亡くなった経験を受け、「自分もどうせ死ぬなら、死後まで良い影響を与えられるようになりたい」と思うようになった。加茂さんにとって、その手段は起業という選択だった。

 

 「今後は就職活動にとどまらず、アカデミアの課題全般を解決したい」と加茂さん。「LabBase」に給付型奨学金を簡単に検索できる機能や、研究室選びをサポートする機能を搭載するなど、就職活動に加え、研究生活を手助けするサービスを展開したいと話す。

 

 「自分がやりたいことをやるべきだと思います。もしそれがなかったら、まずは自分が興味を持ったことをやるのがいいと思います」。理系学生の「やりたいこと」を支える。それこそ加茂さんの「やりたいこと」なのだ。

(張喜植)

 

加茂倫明(かも・みちあき)さん (代表取締役CEO)

 教養学部在学中。ベンチャー企業数社での長期インターンを経験したのち、2016年9月にPOLを設立。

【飛び出せ! 東大発ベンチャー】POL 理系学生と企業をマッチング東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【N高生のリアル⑨】「孤独な通信制」という常識を覆す Slackで育まれる友情

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 従来、通信制とは孤独なものだった。教室に通わずにして、教育課程を修了するからだ。2008年に出版された、通信教育を体系的に論じた書のタイトルに使われた「ラーニング・アロン(=孤独な学習)」がそれを示す(佐藤卓巳・井上義和編『ラーニング・アロン 通信教育のメディア学』新曜社)。通信教育で育った人は社会性がないのではないか? 通信制教育はそのような目にさらされてきた。

 

 しかし、時代が変わろうとしている。通信制高校・N高では、生徒たちはネット上でホームルーム、双方向の生授業、部活や遠足を行っている。N高が使用しているコミュニケーションツール「Slack」が、そうしたネット上のつながりを深いものにしている(連載第5回)そこには、これまで見られたような「孤独な学習」の雰囲気はない。

 

先日行われた、ニコニコ超パーティーにおけるN高生の合唱の発表。東京に数回集まって練習を重ねた

 

 インターネットだけで教育を完結させる取り組み自体は、世界的に前例がある。アメリカにおいては1996年に「バーチャル・ハイスクール」(The Virtual High School)が設立されて以来、10年後の2006年には州立で22校、その後も拡大し、正確な把握は困難を極めているものの、2014年では270万人がバーチャル・ハイスクールで学んでいるとされる。(Benjamin Herold, 2017. ” Online Classes for K-12 Schools : What You Need to Know” TECHNOLOGY COUNTS 2017

 

 日本においては2014年に通信制明聖高校というバーチャルハイスクールが誕生したが、完全インターネット提供の教育は始まったばかりだ。

 

 日本で通信教育はどう発展していくのか。研究者の松下慶太は2008年に以下のように述べている。

 

通信教育がメインストリームになるには「つながり」の問題をクリアできるかどうかが最大の焦点となるだろう。特に初頭中等教育レベルで見た場合、学校では、学習における「つながり」と同時に、あるいはそれ以上に教師と生徒、生徒同士の「つながり」を持つこと自体が社会的スキルとして重要な教育目標となっている。(松下慶太、2008「ホーム・スクールの伝統とヴァーチャル・スクールの革新」『ラーニング・アロン』第十章、p.290)

 

 孤独な学習を強いられてきた通信教育。この「つながり」の問題を、N高はSlackでどう解決したのだろうか。

 

 開校1年半を迎えた今、N高の学校=コミュニティづくりを振り返り、未来の教育の姿について考えたい。そう思い、ネットコミュニティ責任者である秋葉大介氏に、教育学研究科でeラーニングについて研究する東大院生が取材した。

(取材・沢津橋紀洋)

 

N高ネットコミュニティ責任者・秋葉大介氏

 

「自分たち」のコミュニティ

 

沢津橋 よろしくお願いいたします。実はeラーニングの研究の文脈では、2000年代の初めから、学習者同士の相互作用の重要性が指摘されています。孤独な学習であるが故に、挫折しがちな通信教育にとって、インターネットの登場で、コミュニティをつくった状態で学習する可能性が開かれました。今回、N高を取材していて、Slack上で展開されている生徒同士のつながりが本当にうまく機能していると感じます。

 

秋葉 元々は、担任がslackでホームルームしたら面白いんじゃない、というところから始まっています。そうすれば、全国に散り散りになっている生徒同士もコミュニケーションが取れるよねと。

 

沢津橋 おそらくN高の成功の秘訣は、学習のみならず、生徒の課外活動、広く言えば文化活動(連載第8回)、さらに広げれば交友関係といったプライベートでのコミュニケーションもSlackでやるように推奨していることが大きいと思います。真面目な学習系SNSはこれまでもありましたが、生徒たちの自主性が尊重されると、ここまで発展するのかと驚かされます。

 ただ、自由であるが故に、時には生徒同士で問題が起こるなどの事態も考えられますが、そのあたりはどう対処されてきたのでしょうか。

 

秋葉 基本的には、最初はできるだけ制限を外しました。問題があったら改善を繰り返す、世にあるウェブサービスと同じように運用しました。学校の中で監視社会をつくる気はありませんでしたし、今でもほとんど検閲はしていません。しかし自由度が高い分、初期の頃に踏み外してしまう生徒も確かにいて、こちらが注意喚起したり、トラブルが起きた子達をグループチャットで集めて、両方の意見を聞いたりして、できるだけ公平に解決するようなコミュニケーションを地道に続けました。そうしているうちに、作るべきルールがあれば作り、最低限のSlack利用ポリシーを作り上げていきました。学校がどうして欲しいのか明確にされたからか、ポリシー作成後、トラブルの数は減りました。誰に頼まれるでもなく、今では生徒で自警団のようなものができて、トラブルがあったら自ら注意したりこちらに連絡してきたりと、自浄作用が働いています。僕らの出番はかなり減りました(笑)。

 

沢津橋 生徒会のようなものができたのですね。自生的なあたりがネットらしいです。

 

秋葉 公式的なものではありませんが、そうですね。生徒たちの心としては、自分の居場所なんだから良くしたいという素朴な思いもあると思いますし、できたばかりの学校ということで、自分たちがN高を作っていくんだという気持ちもあるみたいです。学校に貢献したいと思って行動してくれている子たちが一定数いますね。名称は確かではありませんが、開校当初は「向上委員会」みたいなチャンネルがあり、日々Slackの運用、学校の在り方について議論をしていました。

 

Slackという日常

 

沢津橋 N高生の放課後の活動について、何か興味深いものはありますか?

 

秋葉 全国4000人以上の生徒がいて、多様性の極みなのがN高の特徴なのですが、クリエティブ系でいうと、絵描きクラスター、楽曲作成クラスター、動画作成クラスターがマッシュアップして一つの作品を作ろうという、架け橋的な活動をしているチャンネルがありました。今年度の文化祭(ニコニコ超会議)のエンディング動画を作った生徒たちも、そうした有志たちから生まれたものだったと思います。他にも日頃からイラストをアップしてお互いコメントし合うなどというのもあります。発表し、表現する場としてもSlackは機能していますね。

 

沢津橋 本当にSlackが居場所になっているのですね。通信制なのに、放課後に教室でだべっているイメージが湧いてきます。他にも、学習空間としてのSlackはどう機能していますか。

 

秋葉 例えば、先生に分からない問題を質問できる職員室チャンネルがあります。他にも、酪農体験やイカ釣りなどの職業体験学習があるのですが、同じプログラムに参加する生徒をチャンネルに集めて事前課題を行っています。

 また、グループワークも今後増やしていきたいと考えていて、以前、リフレーミングという「悪いところも見方を変えれば長所になる」というワークショップを試験的に開催してみました。5〜6人のグループになり、一人一人が自分の短所だと思うところを発表し、グループの仲間がそれを長所に置き換えて、その言葉をDMで送り合うといったものでしたが、予想以上にうまくいきました。リフレーミングを選んだ理由は自己肯定感や前向き思考を育んで欲しいなと個人的に思ったからなのですが、こういう知識の修得とはまた別のコンテンツを増やしていくことが教育の観点では重要になってくると考えています。

 

「チャット」で人を導く力

 

沢津橋 チャット上で教育が進むようになってくると、教師としての資質もこれからの社会では変わってきますね。ネット上で、チャットで、生徒たちをうまく導く技術というものが必要とされている気がします。

 

秋葉 そうですね。チャットの独特の間がありますから。N高に参加されている先生方もそのあたりの勘所をどんどんつかんでいっているなと感じます。

 

沢津橋 関連するなと思ったのが、大前研一さんが言う「サイバーリーダシップ」という概念です。彼はオンラインのみでMBAを取得できる大学を経営していますが、インターネット上で、具体的に言えばチャットで、リーダーシップを発揮してチームを引っ張る力というのが確実にある、と言うのですね(大前研一『進化する教育』)。

 

秋葉 面白い言葉ですね(笑)。確かにビジネスでチャットは不可欠ですしね。うちの川上(N高理事、ドワンゴ会長)がある場所で言っていたのが、生徒達が「Slackを使えます」というのは、採用する企業が一目置くスキルになると思っていた、ということです。Slackはアメリカのシリコンバレーから出てきたサービスで、NASAも導入しているそうです。そういう最先端のチャットツールを使ってましたと生徒が将来ドヤれると(笑)。まあこれはあくまで副次的な効果ですが。

 コミュニケーションの舞台がSlackであるN高では、対面=リアルでのコミュニケーションを苦手とする子でも、建設的な意見を出せる環境にあります。そういう子が、チャットルームで周囲を励ましていたりするんですよ。会ってみると「しゅん」って人見知りな感じなんですが、そういう生徒も輝ける場がN高なのだなと感じます。ネットの中で自分の存在感が出てくると、リアルの方にもいい影響が出てくるのではないかなと考えています。

 

沢津橋 となるとN高は、「サイバーリーダシップ」を教えられる、日本で初めての高校になるかもしれません(笑)。と冗談はさておき、秋葉さんは、N高からどのような人材を輩出したいと考えていますか?

 

秋葉 生徒が個性を伸ばせるプラットフォームでありたいとは一貫して思っています。伸ばした個性を武器に、社会に出て目一杯活躍していただきたい。そのために必要な学びや気付きがたくさん提供できるよう、今後も生徒達を支援していきたいと思っています。

 

沢津橋 ありがとうございました。

 

ネットでの「つながり」が教育の主流になる未来

 

 今回は、N高のネットコミュニティの実態を、開発側からのインタビューで明らかにした。ここで再び松下を引こう。

 

もし、電子的なネットワークにおける「つながり」を従来と同様に捉えることができるのであれば、そして、それを可能にするようなシステムが開発されるならば、将来、通信教育がメインストリームとなる可能性もあるだろう。(松下慶太、前掲書、 p.291)

 

 Slackで社会生活をなすN高生の日常の在り方は、未来の若者の姿かもしれない。

 

【N高生のリアル】

昼休み明けの恒例授業「サークルリーディング」とは?

東大受験から基礎固めまで レベルに合わせた英語教育

「N高は『道具箱』」 可能性を生むプログラミング

ITで教育はどう変わるか? 「N予備校」の理念や開発経緯に迫る

Slackで交わされる「オンラインホームルーム」とは

長期実践型教育「プロジェクトN」のリアル

「皆は俺の宝だ〜!」奥平校長の愛の叫びと海外からのまなざし

ネット部活のリアル N高クイズ研究会の生態系

「孤独な通信制」という常識を覆す Slackで育まれる友情

【N高生のリアル⑨】「孤独な通信制」という常識を覆す Slackで育まれる友情東大新聞オンラインで公開された投稿です。

なぜ東大生は銀行へ? 過去のデータと志望学生の声から探る

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 2013年に放送され、大ブームになったドラマ『半沢直樹』(TBS系)。物語の中では銀行内部でのドロドロの派閥争いが描かれ、中でも主人公・半沢直樹の足を引っ張ろうとする東大法学部出身という設定の銀行員・大和田暁の姿が印象的だった。

 ドラマが放送された13年、図らずしも学部卒の東大生が就職した人数が最も多い企業上位三つは全て銀行だった。その年に限らず、毎年一定数の東大生が銀行に就職をしているが、では学生はどのような思いを抱いて銀行を志望しているのだろう。就職ランキングの裏側、学生の本音に迫った。

(取材・福岡龍一郎)

 

背景に「新卒大量採用」

 

 毎年7月上旬、東京大学新聞は東大生の就職状況をまとめた「就職特集号」を発行し、紙面にはその前年度に卒業した学生がどの企業に何人就職したか、上位一覧をまとめた表が掲載される。過去10年分の「就職特集号」を引っ張り出し、東大生の就職状況を概観してみると、この10年間一貫して多くの学生が銀行に就職していた。

 

 

 各年度の東大生の就職状況を伝える当時の紙面の見出しをいくつか見てみると「三菱東京UFJ銀行が1位」(08年)、「大手銀行が上位に」(12年)、「銀行・商社根強く」(13年)、「三大銀行上位占める」(14年)、「三大銀行が上位独占」(17年)と常に銀行は東大生にとって主流の就職先だったことが分かる。数えてみるとこの10年間で、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほフィナンシャルグループの3大メガバンクに就職した学部卒の東大生は累計600人を超えていた。

 

 背景の一つとしては「新卒大量採用」という銀行独特の採用方針が挙げられるだろう。『就職四季報2017年版』(東洋経済新報社)によると、三大メガバンクは「新卒採用数が多い企業ランキング」で上位3位を独占しており、3社合計でおよそ5000人を新卒で採用している。例年、銀行に就職する東大生が他業種と比較しても、群を抜いて多くなっているのは「そもそも銀行が多くの新卒学生を採用している」という企業側の事情が存在しているようだ。

 

「自分と同種類の人が集まりそう」

 

 では学生側の事情はどうだろう。なぜ例年、少なくない数の東大生が銀行を志望し、就職するのか。Aさん(文・3年)は銀行での業務を通じて金融制度に熟知できるようになる点が魅力だと話す。経済の複雑な動向を「自分の目で理解できる知識と経験を得たい」とAさん。また、既に多くの東大卒業生が実際に就職していることで銀行を志望する「ハードル」が低まっていると感じている。「同じ価値観を持った人が集まりそうで東大生にとってはきっとなじみやすい組織なんじゃないかな」

 

 Bさん(経・3年)も周囲の友人や先輩が、銀行を視野に入れて就職活動をしていることで「自分と同種類の人が集まりそう」と就活や社会人になる不安が軽減されるように感じている。加えてBさんには少し特殊な事情が。Bさんの家系は曽祖父、祖父、父親と3代にわたって銀行員で「経済学部に進学し銀行を志望することは自分にとって自然なことでした」。

 

必ずしも積極的な志望ではない?

 

 Cさん(法・3年)は「経済活動の血液」といわれるほど社会に不可欠な銀行の役割や、いろいろな業務内容に横断的に携われる銀行での仕事の性質に心引かれているという。また、収入や社会的評価が高水準で安定していることも魅力的だ。

 

 だが実は、Cさんにとって今のところ銀行は「滑り止め」。第1志望の業種は他にあるが、そこは採用人数が極めて少ないため「第1志望がだめだったら銀行に行くかもしれないな」と話す。

 

 Dさん(法・3年)が銀行を志望する理由はさらに消極的だ。そもそも大学受験時に文系に進学したのは「大学では遊びたかったから。将来の見通しなど皆無で、いつの間にか3年生になっていました(笑)」。就活を控えた現在も特にやりたい仕事はないというが、銀行に内定したサークルの先輩の話を聞く中で「銀行は学歴を重視するらしいから、こんな自分でも大丈夫かな」と銀行を「何となく」視野に入れている。Dさんの先輩には銀行しか受からずそこに就職を決めた東大生が複数おり「就職した全員が積極的に銀行を志望していたわけではないと思います」。

 

 実際にメガバンクから内定を獲得したEさん(法・4年)は金融という専門性を持てる、仕事の内容が幅広いなど銀行の仕事の魅力に言及しつつも、自身も含めて「将来に打算的な東大生が多いのではないか」と語る。「東大卒という肩書が重視される、組織内に大きな東大派閥が存在する、勉強や資格取得が得意という東大生の長所が生かされる」とEさんは就活を通して東大生と銀行の親和性の高さを肌で感じたという。ただEさんは最終的に内定を辞退しており「銀行内の東大派閥に属して傲慢なプライドを持った卒業生がいたのも、また事実。独特な雰囲気が自分には少し合わないかなと感じました」と話す。

 東大生が銀行を志望する動機は、人によってさまざまだった。ただ、長年にわたって毎年一定数の東大生が銀行に就職してきたこれまでの歴史の蓄積は、今日の東大生の進路選択にある程度の影響を与えているようだ。銀行にはたくさんの卒業生が在籍して、周囲を見渡せば、志望度の差こそ違うが、銀行を志望する同世代の学生がいる。東大生にとって銀行へ就職することは、東大からの地続きの場所に進むような、精神的なハードルが低い行為なのかもしれない。

 


この記事は2017年7月4日号に掲載された記事を再編集したものです。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

ニュース:三大銀行が上位独占 16年度就職状況 電通は倍増で学部10位
ニュース:3季ぶり1部復帰ならず ホッケー男子入替戦 前半に大量4失点
ニュース:最終戦で今季初白星 アメフトオープン戦 防衛大に4点差辛勝
企画:院進?それとも就職? 傾向と違う道を行く選択も
企画:2016年度全学部・大学院 就職先一覧
企画:過去のデータと志望学生の声から探る なぜ東大生は銀行へ?
ひとこまの世界:ららぽーと柏の葉
研究室散歩@哲学:梶谷真司教授(総合文化研究科)
キャンパスガール:新枦宏美さん(文Ⅰ・2年)

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なぜ東大生は銀行へ? 過去のデータと志望学生の声から探る東大新聞オンラインで公開された投稿です。


東大硬式野球部はなぜ勝ち点を取れたのか? 秋季リーグ戦をデータ面から振り返る

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 この秋のリーグ戦、東大硬式野球部は3勝を上げ、法政大学に連勝して勝ち点を得た。また、宮台康平投手(法・4年)が東大出身7人目のプロ野球選手として北海道日本ハムファイターズに指名された。

 本稿では、こうして実り多い物となった秋のリーグ戦をデータの面から振り返りたいと思う。

 一つ注意点を述べると、以下選手個人の成績について触れる箇所がある。試合数が少なく、打席や対戦打者の数は決して多くはない。各選手の能力というよりは、貢献を評価するものと考えていただきたい。

 

●打撃

打撃チーム成績

 

 宮台投手の存在から誤解されがちだが、今回、東大の躍進の原動力となったのは打撃である。出塁能力と長打力を考慮した打力の指標であるOPSでは上位には及ばないものの、早稲田と立教を上回り、他校と比べて遜色ない打力であった。その要因となったのが単純な打率の向上に加え、長打を増やすことにも成功したことだ。ISOは長打力を評価する指標で、これが近年(15年春~17年春の東大の累計)と比べてかなりの改善を見せている。

 個人に目を向けると、楠田と田口の成績が素晴らしい。

 

 

 BaseRunsという打撃成績から得点を推定する式を用いて「各選手が何点分チームの得点を増やしたか」、また「それは六大学野球での平均的な選手が同じ打席に立つのと比べたら何点にあたるか」、さらに「平均を100としたら1打席あたりの貢献はいくつに当たるか」を推定した。表には規定打席到達者で平均と比較した場合の上位15人と、東大の規定打席到達者を示している。

 楠田と田口は「1打席当たりの貢献度」でそれぞれリーグ4位、5位と東大の得点に非常に貢献した。2人の貢献は約20点と推定され、実際のチーム総得点が45点であることを考えると、2人の存在は非常に大きかったと言える。また、辻居と新堀もほぼリーグ平均の水準で規定打席に到達した。三鍋についても捕手という難しい守備位置であることを考慮すると十分な成績と言える。一口にリーグ平均と言っても、試合に出場している選手は全部員の一握りだということは忘れてはならない。選ばれた選手と同等の成績という十分な質を維持しつつ、規定打席という量もこなしたことは大いに評価されるべきである。

 

●投手

 上でも述べたとおり、投手の成績はここ数年と比べ大きく改善されたわけではなかった。守備の影響を出来るだけ取り除くため、奪三振、与四死球、被本塁打から推定した失点率である積算DIPSを算出した。

(参考URL:http://baseballconcrete.web.fc2.com/alacarte/mdips.html

 

投手チーム成績

 

 東大の投手にとって課題で有り続けているのは、奪三振能力が低いことである。投手はフェアグラウンドに飛んだ打球がアウトになるかヒットになるかは完全には制御できない。そのため、奪三振は安全にアウトを取る重要な手段である。擬似的な失点率であるDIPSが高くなっていることも、この奪三振の低さが主要な原因である。

 

投手個人成績(規定到達者)
宮台個人成績

 

 今季の宮台は、不調であった17年春よりは四死球の数が減少して改善している。しかし、最高の成績を残した16年春と比べると奪三振の面で十分な成績を残せていない。勿論、数多くの連投を強いられたことも考慮する必要はある。しかし、怪我をする以前は20%の打者を三振に取っていたことを考えると、約半分の打者しか三振に取ることが出来ていない。怪我の後、フォームを上手く変更したという報道もあるが、怪我の影響をごまかしつつの投球だということが正直なところではないか。プロ入り後はまず、本来の姿を取り戻すことが課題だろう。

 

 ただ、これは宮台への要求水準が高いことから来る評価だ。東大の投手は奪三振が四死球を上回ることすらそう多くはない。今年の宮台の質の成績は東大の投手としては十分高水準である。その上で連投を何度もこなし、チームの半分以上のイニングを消化した貢献の量は賞賛に値するものだ。

 

 今後の課題についてだが、野手は今の打力を維持することだろう。楠田と田口の二人は今年で引退となる。投手の課題は宮台の穴を埋めることだ。先述の通り、今季の宮台は十分な状態ではなかったにせよ、チームの投球回の半分以上を十分な水準の投球で投げ抜いた。これを埋めることは用意ではないだろう。

 

 今季は宮台の投だけではなく、打も東大の歴史ではまれに見る内容である。決してドラフト指名された宮台の個のチームという訳ではない。しかし、世間はそう認識してはくれないことも仕方がないことではある。近年まで大型連敗を繰り返していた反動もあるかもしれない。打撃の面でも生まれ変わった東大野球部の今後に期待したい。

 

文責:猫掌打(農・5年)

Twitter: @so_cute_tiger

 

※BaseRunsを六大学野球リーグで用いることが妥当かは個人で検証済み。

※BaseRunsの詳細な解説は以下を参照

https://www.fangraphs.com/library/features/baseruns/

 

【関連記事】

データで読み解く東大のドラフト候補・宮台の現在地

東大硬式野球部はなぜ勝ち点を取れたのか? 秋季リーグ戦をデータ面から振り返る東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【東大2018①】合格体験記 バランスと戦略が合格への道

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 日本最難関の東大入試を突破する。それは、受験生にとって一世一代の「たたかい」である。長きにわたる過酷なたたかいに、現役東大生たちはどう挑んだのか。彼らの成功と失敗から、東大入試のたたかい方を学ぼう。

 

文Ⅲ・男子・首都圏私立出身・現役

 

苦手教科もある程度得点できる実力を

 

 「どうせならレベルの高い大学を目指そう」と思い東大を志望しました。高2の4月、吹奏楽部引退後の10月からでは間に合わないと考え受験勉強を始めました。高校受験不要の中高一貫校だったのでロクに勉強していなくて。定期試験も一夜漬けに頼っていたので、特に数学は教科書の例題と同じ解法の問題しか解けず、それすら試験後すぐ忘れてしまうありさまでした。

 

 そこで、数学は基礎から対策し基本問題を何度も反復しました。2カ月に一度の模試で、理解度を定期的に確認できたのが良かったですね。高1では2科目計50点未満だったセンター試験の得点が、高2の12月には150点を超えるまでに。東大入試ではセンター試験レベルの問題でしっかり得点すれば差はつきにくいと考えていたので、このまま勉強を続ければ視界が開けてくるという手応えは感じていました。

 

 英語は、塾のカリキュラムに沿ってひたすら長文読解。その上で『システム英単語』(駿台文庫)を高2の冬までに2周し、単語を見たらすぐに意味を答えられる状態になりました。

 

 国語は漢文が稼ぎどころ。『漢文ヤマのヤマ―三羽邦美の超基礎国語塾』(学研プラス)を2、3周して完璧に頭に入れたら、センター試験で安定して満点が取れるようになりました。参考書は何冊も手を出さず、1冊を何度も繰り返すのが効果的です。

 

 「社会は後回しでいい」とよく聞きますが、現役合格したいなら、後回しでは間に合いません。日本史・世界史ともに塾の映像授業で通史を4カ月で終わらせ、予習・復習を徹底。苦手の数学を補うためにも、社会を得意科目にしようと猛スピードで進めました。

 

 高2の冬から中だるみになってしまいましたが、高3の6月に受けた初めての東大型模試で受験勉強への姿勢が大きく変わりました。数学で2点しか取れずE判定。中だるみなんて一気に吹き飛びましたし、数学を他の教科で挽回する戦略の失敗で教科ごとの点数のバランスが重要だと悟り、数学の勉強の比重を一気に増やしました。

 

 「大学への数学 1対1対応の演習」シリーズ(東京出版)にひたすら取り組み、頻出分野に絞って過去問を解きました。得点源は英語・社会なので、数学の目標は「最低2完」。直前までずっとネックでしたが、何とか2次試験1週間前に2完できるようになりました。その上で、解法が分からなくても方針を検討した痕跡を残して、部分点をもらうことを意識しました。

 

 高3の夏休み明けは、信頼できる塾の先生を信じひたすら問題を解き続けました。特に過去問が重要なのは英語と世界史。英語は分量が多いので、模試や過去問で時間配分の戦略を何パターンも試し最適なやり方を模索することが大切です。世界史の第3問は過去問と関連する単語が多く出題されるので、しっかり確認しておきましょう。逆に日本史は、細かい知識はほぼ要りません。初めて見る史料に戸惑っても、提示された史実を時代状況と照らし合わせて考えれば大丈夫です。

 

 最大の勝因は、教科ごとのバランスです。最近の東大入試は易化傾向で毎年教科ごとの難易度が変わるので、得意教科で差を付けるのが難しく、苦手教科でも簡単な問題で他の受験生と引き離されない実力が必要になります。一つの教科に頼りすぎず、特別な苦手教科をつくらないことが大事です。

 

 自分に合った戦略をしっかり立てて、バランス良く勉強をすれば道は開けます。頑張ってください。

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 この記事は、2017年8月に東京大学新聞社が発行した書籍『東大2018 たたかう東大』からの転載です。本誌に掲載した8人の合格体験記のうち、1人分を抜粋しました。

 『東大2018 たたかう東大』は現役東大生による、受験必勝法から合格体験記、入学後の学生生活のアドバイス、後期学部への進学、そして卒業後の進路に至るまで解説したガイドブック。東大受験を考えている高校生や中学生の皆さんにお薦めです。大河ドラマ『おんな城主 直虎』脚本家・森下佳子さんへのインタビューなど、読み物記事も充実しています。

 

 

【東大2018】

合格体験記 バランスと戦略が合格への道

不合格体験記 自分の意志が持てず不合格

【東大2018①】合格体験記 バランスと戦略が合格への道東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【東大2018②】不合格体験記 自分の意志が持てず不合格

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 日本最難関の東大入試を突破する。それは、受験生にとって一世一代の「たたかい」である。長きにわたる過酷なたたかいに、現役東大生たちはどう挑んだのか。彼らの成功と失敗から、東大入試のたたかい方を学ぼう。

 

理Ⅱ・男子・首都圏私立出身・2浪

 

 

悪循環を断てず

 

 私は元来、自分のペースで勉強を進める方が好きでした。特に好きなのは、答え合わせよりも問題を解くこと。面倒な丸付けを後回しにして解き進めるという形を続けていました。問題が溜まると余計丸付けする気がなくなるという悪循環ですね。そんな勉強法を直すことができませんでした。

 

 自分の意志をしっかりと持てていなかったことも不合格の要因でしょう。学校の自習室で勉強していても、同じ方面に住む友人から声を掛けられると釣られて下校ということがよくありました。自宅での勉強開始時にも意志の弱さに苦しめられました。例えば夕食後に勉強すると決めていても、食休みの名目でのんびりしていたら寝る時間になり、やるべきことを翌日に回してしまう。これをひたすら繰り返していました。

 

 現役時は理Ⅰに出願。2次試験1日目は順調に終えたものの、2日目の化学でつまずきパニックに。受験後は合否のボーダーにいるだろうと思っていましたが、結果は7点差で不合格。東大を諦める気はなかったので、浪人して再受験するのは自然な選択でした。

 

浪人生活を始めたが……

 

 浪人生活1年目は、大手予備校の東大受験専門校舎に通うことに。ただ、1年目の受験で期待以上の点数が取れたこともあり、好きな授業だけを受けるといった具合でした。特に数学の勉強を怠り、本番ではほとんど対応できず、5点差でまたも不合格。ここまで来ると半分ヤケでした。

 

 浪人生活2年目は仮面浪人でしたが、前期の授業終了と同時に籍を置いていた私立大学を退学。気分を変え勉強する気になるよう近くの喫茶店に通う日々を過ごしました。理系科目に力を入れた他、センターで苦手だった地理に見切りを付け、世界史を開始。世界史がとにかく楽しく、全体の4割程度の勉強時間を割きました。センターでは、世界史の97点をはじめ、おおむね満足いく点数を取れました。

 

迎えた3度目の東大受験

 

 出願先に悩んだ末、前の2年とも合格点に達していた理Ⅱに出願。2次試験前の2週間は、人生最大の虚無感が私を襲いました。よく分かりませんが、楽しかった世界史の勉強がなくなってしまったことや、志望の変更で緊張感が薄れてしまったことに理由があったのかもしれません。勉強に身が入らず、寝て起きてはスマホをいじる毎日を過ごすことに。勉強を再開したのは、危機感が込み上げてきた2次試験前日。現代文や数学の過去問を解き、当日の休み時間にも過去問を見て解法を確認。数学が易化したことが救いでした。結果は合格最低点を優に超えての合格。自宅で合格者番号を見たときはとにかくほっとしましたね。

 

 私が受験を通じて学んだのは、人の性格は簡単には変わらないということ。自分の人となりを考えて、それに合った勉強を心掛けるべきです。怠惰ならば怠惰なりにあえて外に出て勉強するなど、自分ではなく環境を変えてしまうのが一番だと思います。

 

―私が不合格だったのは―

①問題を解きっ放しに

②意志の弱さを変えられなかった

③危機感なく浪人1年目を過ごした

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 この記事は、2017年8月に東京大学新聞社が発行した書籍『東大2018 たたかう東大』からの転載です。本誌に収録された3人の不合格体験記のうち、1人分を抜粋しました。

 『東大2018 たたかう東大』は現役東大生による、受験必勝法から合格体験記、入学後の学生生活のアドバイス、後期学部への進学、そして卒業後の進路に至るまで解説したガイドブック。東大受験を考えている高校生や中学生の皆さんにお薦めです。大河ドラマ『おんな城主 直虎』脚本家・森下佳子さんへのインタビューなど、読み物記事も充実しています。

 

 

【東大2018】

合格体験記 バランスと戦略が合格への道

不合格体験記 自分の意志が持てず不合格

【東大2018②】不合格体験記 自分の意志が持てず不合格東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【東大2018③】東大教員の受験体験記 浪人は努力を学んだ、かけがえない1年

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 起こってしまった失敗の原因を追究して生かす学問「失敗学」の研究や著書で知られる畑村洋太郎名誉教授は、1960年に東大理科Ⅰ類に入学。しかし前年の59年にも受験しており、畑村名誉教授自身も一度の受験失敗を経ての入学だった。受験から半世紀以上たった今、畑村名誉教授の胸にはどのような受験期の思い出が去来しているのだろうか。

 

 

――1年目の受験についての思い出を教えてください

 今から考えると傲慢な態度だけど、実は僕は、「受験勉強しなくても合格できるだろう」と勝手に思っていたんだ。僕は都立の進学校にいたんだけど、多分高2の時、高校の全学年実施の模試の数学で2番だったことで、「俺は普通とは違うんだ」と勘違いしてしまったんだと思う。他の模試も覚えていないし、他大の併願も一切しなかった。しまいには自分の番号のない掲示を見ても、「採点の間違いだろう」と思ったくらい(笑)。「いい気になっていた」の典型だよね。

 

――その後、浪人生活が始まります。勉強で気を付けたことは

 「手抜きはしない」「いい気にならない」「自分で全て勉強を考えて実行する」を軸に決めた。具体的には、古典など自分に向いていない暗記科目で点をとることは諦めて、論理的な科目で点を稼ぐことにしたんだ。すると面白いことに、「やれるだけやったんだから」というふうに気持ちが軽やかになって、合格発表の時も全然緊張しなかったのを覚えている。

 

 教科ごとの勉強方法で言うと、例えば物理は、もう名前は覚えてないけど薄い1冊の問題集を究めて、どんな聞かれ方をされても答えられるようにした。本番では半減期の問題が出たんだけど、その問題集に載っていなかったから「半減期」という言葉を知らなくてね。でも応用力が付いていたからか、「物質が半分に減るのにかかる時間」だと推測し、地道な計算で問題を解くことができた。細かい知識じゃなくて、論旨をきっちりつかむことが重要だと改めて感じたよ。

 

 逆に英語や化学はてんでダメだったなあ。英語の長文読解は周りに言わせれば「単語が知らなくても文脈から推測できる」らしいけど、当時の自分にそんな器用なことはできなかった。でも働き始めてアメリカに行ったとき、「君はワード数は少ないけど、相手に内容を惹起させる言葉のチョイスがうまい」と言われたんだ。要は細かい知識じゃなくて、言いたい中身がはっきりしているかどうか。今の入試事情はわからないけど、そういう問題が出題されていると思うよ。

 

――浪人の1年間で、本当に多くの教訓を得られたのですね

 そうなんだよ。今この年になっても、あの1年間が本当にかけがえのない時間だったと実感している。予備校にも一切通わなかったし今思えばよく乗り切ったなと思うけど、浪人のおかげで「自分で努力する」ということを学んだんだ。他人にこうした方がいい、ああした方がいいというつもりはないけど、僕には一番適した浪人時代の過ごし方だったと思うよ。

 

東大在学時の学生証(写真は畑村名誉教授提供)

 

誰もが失敗する、どう生かすかが重要

 

――その後東大に入学・卒業し、日立製作所での勤務、工学系研究科の教授などを経つつ、「失敗学」の重要性の提唱も始めます

 駒場時代の勉強は全然面白くないし難しいし嫌だったけど、成績はなぜかすごく良かったよ(笑)。浪人時代の勉強が生きていたからじゃないかな。

 

 その後研究の過程や自分自身の浪人の経験もあって「失敗学」を唱え始めるわけだけど、これは「失敗をしないようにする学問だ」としばしば誤解されるけど違う。「誰もが失敗する、それをどう生かすかが重要」という考え方だ。自分も「失敗するんだ」ということを認めて、自分で目標を決めて努力する・失敗を具体的に記録する、などの指針を示したということ。

 

 そもそも、東大受ける奴なんていい気になっている奴の方が多数派でしょ(笑)。それならそれで構わない。どこかで挫折して、その時に人のせいじゃなくて自分に原因があると素直に認めて判断や行動の誤りに気付くことが重要だと思うよ。受験で気付くのもいいし、就職活動をしたときに気付く人もいるだろうな。

 

――受験生にも、勉強の過程でさまざまな失敗があるかと思います。その際にアドバイスはありますか

 失敗した時に、逆に過度に自分を責める人もいるけど、それはかえってうつになるから逆効果。重要なのは、正解は一つじゃないということに気付けるかどうか。一番いけないのは実効性や損得勘定にとらわれて決断をしないことだ。きょろきょろしている時間があったらもっと動け、と若い人には言いたいね。

 

 

◇畑村洋太郎(はたむら・ようたろう)名誉教授

現浪:1浪

科類:理Ⅰ

入学年:1960年

出身高校:都立戸山高校

 66年工学系研究科修士課程修了。工学博士。工学系研究科教授、工学院大学教授などを経て、01年より名誉教授。著書に『失敗学のすすめ』(講談社)などがある。

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 この記事は、2017年8月に東京大学新聞社が発行した書籍『東大2018 たたかう東大』からの転載です。本誌に収録された3人の体験記のうち、1人分を抜粋しました。

 『東大2018 たたかう東大』は現役東大生による、受験必勝法から合格体験記、入学後の学生生活のアドバイス、後期学部への進学、そして卒業後の進路に至るまで解説したガイドブック。東大受験を考えている高校生や中学生の皆さんにお薦めです。大河ドラマ『おんな城主 直虎』脚本家・森下佳子さんへのインタビューなど、読み物記事も充実しています。

 

 

【東大2018】

合格体験記 バランスと戦略が合格への道

不合格体験記 自分の意志が持てず不合格

東大教員の受験体験記 浪人は努力を学んだ、かけがえない1年

【東大2018③】東大教員の受験体験記 浪人は努力を学んだ、かけがえない1年東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【東大2018④】東大受験における首都圏と地方の違いとは?

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 東大には毎年、全国各地から文理合わせて約3000人が入学する。東京大学新聞社が学部入学者向けに毎年実施しているアンケートによると、入学者の出身地は東京都の約1000人をはじめ、大きな割合を首都圏が占めていることが分かる。首都圏と地方では、東大受験に関してどのような認識の違いがあるのだろうか。首都圏の進学校・通信教育業界の関係者の話から迫った。

 

首都圏の東大受験とは

特別でない「東大受験」

 

井上一紀さん (渋谷教育学園幕張中学校・高等学校教諭)

 地方から東大受験を目指す高校生にとって、首都圏のライバルのことは気になるだろう。首都圏の彼らはどのような学校生活を送って受験を迎えるのか。2017年には78人の合格者を輩出するなど、開校から30年にもかかわらず活躍が目覚ましい私立渋谷教育学園幕張中学校・高等学校(以下「渋幕」)の進路部長・井上一紀教諭に聞いた。

 

 

 

 

――渋幕のカリキュラムについて教えてください

 多くの教科では3年生になる前に高校範囲を終えています。3年生では、英数国は演習を中心に据えたり、歴史系は近現代史を2学期までじっくり復習したり、理科は3年でも実験をしたりと教科によって異なる部分もあります。長所は中高6年間をうまく生かしたカリキュラムですね。中学校の時から高校レベルの内容を教えてカリキュラム上の重複を解消するなど、無駄をなくすことができます。

 

――高校3年次の受験指導はどのような取り組みをしていますか

 教科によってさまざまですが、特に地歴は3年1学期から授業の枠外で論述のセミナーを開いています。他の教科は授業の枠内で行うものが多いです。それ以上の指導を望む生徒は、個人的に添削指導を行うなどして対応しています。

 

――東大への進学者が多い要因は何でしょう

 距離的な近さと心理的な近さの両方があると思います。距離的に近いことで、実際に大学を訪問するプログラムも組みやすいですし、1人暮らしの必要がないなど、「覚悟」を決めることなく東大を受験することができます。

 心理的な近さは、卒業生の影響でしょうね。学校側が東大を推そうとしているわけではないんですよ。生徒が自ら志望するというか。実際に進学した先輩たちとの交流を通じて「自分も挑戦してみよう」と思うんでしょうね。

 近年の合格者数増加は、こうして東大を目指すことが特別ではなくなってきたことを反映していると言えます。逆に卒業生が少ない地方の高校だと、交流は難しいですよね。

 

受験対策のプロは語る

冷静な情報分析・対策を

 

宮原渉さん (Z会・中高事業部長)

 では、東大を目指す地方高校生はどのように地域格差を乗り越えるべきか。通信教育で有名なZ会・中高事業部長の宮原渉さんに聞いた。

 

 

 

 

 

 

――そもそも東大受験について、地方と首都圏ではどんな差を感じますか

 情報の絶対量ですね。首都圏では学校や塾など情報を得る機会が多いですが、地方では在学校に蓄積されたデータや情報源が限定されてしまいます。

 学校も過去の合格者の成功体験に依る指導になりやすく、個々人に最適な指導と言い切れないケースが見受けられます。例えば東大模試でA判定を取れていても、センター試験で想定より低い点数だった際に、志望校変更を指導されるケースもあるようです。

 地方では地元国公立大学への合格に注力しているケースが多く、東大受験には不利な環境ではあると思います。Z会では「情報格差をなくしたい」という想いから、東大・京大に特化した進路指導サービスも展開しています。

 

――では、予備校を忌避する傾向のある地方でも、東大受験生は塾や予備校に通うべきなのでしょうか

 高校までの履修範囲の理解・定着がしっかりできているならば予備校は必ずしも必要ないと私は思います。

 普段の学校の授業を大事にして、定期テストもきっちり対応する。それに加えて東大模試などのハイレベル記述模試や過去問、添削指導を通じてアウトプットの練習を積んでいけば十分合格圏内に入ってこれると思います。

 

――地方の東大受験生が気を付けるべき点を教えてください

 まずはスタートで出遅れないことです。高3の1年間は、東大を意識した問題演習や履修が遅れがちな地歴理科に費やせるよう、高2までに英数国の基礎を固めておきたいです。

 加えて情報の正確な読み取りですね。例えば東大模試でC判定をとると、地方の生徒は動揺しますが、超進学校の生徒は全く揺らがない。C判定から受かった先輩を知っているからです。

 地方にはポテンシャルがある生徒が多くいます。周囲に惑わされず、冷静に分析・判断してほしいですね。

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 この記事は、2017年8月に東京大学新聞社が発行した書籍『東大2018 たたかう東大』からの転載です。

 『東大2018 たたかう東大』は現役東大生による、受験必勝法から合格体験記、入学後の学生生活のアドバイス、後期学部への進学、そして卒業後の進路に至るまで解説したガイドブック。東大受験を考えている高校生や中学生の皆さんにお薦めです。大河ドラマ『おんな城主 直虎』脚本家・森下佳子さんへのインタビューなど、読み物記事も充実しています。

 

 

【東大2018】

合格体験記 バランスと戦略が合格への道

不合格体験記 自分の意志が持てず不合格

東大教員の受験体験記 浪人は努力を学んだ、かけがえない1年

東大受験における首都圏と地方の違いとは?

【東大2018④】東大受験における首都圏と地方の違いとは?東大新聞オンラインで公開された投稿です。

『東京大学新聞』と『帝国大学新聞』で振り返る駒場キャンパスの80年

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 多くの人が訪れる駒場祭。その会場である駒場キャンパスには教養学部があり学部生だけでも6千人以上の学生が通う。敷地面積は約35万㎡で本郷キャンパスの約55万㎡には及ばないものの、独自の歴史と伝統を誇る。その駒場Ⅰキャンパスの建物に焦点を当て、『東京大学新聞』とその前身『帝国大学新聞』から、あまり知られていない歴史を探ってみた。

 

 現在の駒場Ⅰキャンパスの原形が出来上がったのは、東京大学教養学部の前身、旧制第一高等学校が駒場に移ってきた1935年。もともと向ヶ丘にあった一高は駒場にあった東大農学部と敷地を交換する形で移転した。同年9月に学生と教員が向ヶ丘から駒場まで盛大に行進してきたという。

 

農学部の移転を伝える『帝国大学新聞』の記事

 

 一高の学生と教員を受け入れるべく、現在の1号館、900番講堂、駒場博物館に当たる建物が建てられた。当時はいずれも「超モダンな校舎」と表現されている。

 

 これらを設計したのは建築家内田祥三(うちだ・よしかず)氏。特に、1号館正面の時計台については同じく内田氏が手掛けた本郷キャンパスの安田講堂に外観が似ているといわれ、駒場Ⅰキャンパスの象徴的建物になった。現在は登録有形文化財に登録されており、今年を含め例年駒場祭で時計台の内部が公開されている。

 

『帝国大学新聞』に掲載された完成して間もない1号館の写真

 

 キャンパスの東側には南寮、中寮、北寮の3棟の寮が造られ、学生は全員寮で暮らした。寮の部屋から授業の行われる教室までは5分足らずで、各建物と地下通路でもつながっており学生は雨の日も濡れずに移動できたという。現在1号館にある地下へ下りる階段がその地下通路の出口だった。

 

 この寮は駒場寮として戦後も残り続けたが、老朽化が進み1991年以降廃寮が進められた。取り壊しの際には寮の明け渡しを要求する大学と廃寮に反対する寮自治会などとの間で激しい対立が発生。2001年に立ち退きの強制執行が行われ寮は取り壊された。現在、駒場寮跡地には駒場コミュニケーションプラザ、21 KOMCEE、駒場図書館が建てられ多くの学生の活動の場となっている。図書館前広場の片隅にあるアーチ状の建造物が駒場寮の遺構だという。

 

寮明け渡しの強制執行を伝える『東京大学新聞』の記事
図書館前広場の片隅にある駒場寮の遺構

 

 駒場Ⅰキャンパスは80年以上にわたりその姿を変えてきた。現在何気なく歩いているキャンパスはその変化の結果ともいえる。駒場祭を機に駒場Ⅰキャンパスに秘められた歴史と伝統を味わってみてはどうだろうか。

(文・安保茂)

『東京大学新聞』と『帝国大学新聞』で振り返る駒場キャンパスの80年東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【東大PEAKに迫る①】PEAK生が語る、制度の利点・欠点とは?

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 PEAK(ピーク)について、どのくらい知っているだろうか? PEAKが比較的新しい制度であることや人数が少ないことが影響してか、東大生の中でもPEAK制度の理解は進んでいないように思われる。今回はPEAK生への取材を通し、PEAKの利点・欠点について考えていきたい。

(取材・宮路栞)

 

そもそもPEAKとは?

 

 PEAKとはPrograms in English at Komaba(教養学部英語コース)の略称だ。2010年3月の『東京大学の行動シナリオ FOREST2015』の中の「世界から人材の集うグローバル・キャンパスを形成し、構成員の多様化を通じ、学生の視野を広く世界に拡大する」という重点テーマの具現化を目指したもので、その名の通り全授業が英語で行われる。

 

 PEAKは学部英語特別選考による入学者が在籍する前期課程の「国際教養コース」と、「国際教養コース」修了者と通常の前期課程を経た学生の在籍する「国際日本研究コース」「国際環境学コース」に分かれる。学部英語特別コースとは、いわゆる秋入学の試験であり、初等・中等教育を日本語以外で履修した学生を対象に書類と面接審査を実施。そうして入学した学生が一般生と同じように前期課程のうちは幅広い分野の学習をし、後期課程で文理に分かれて自分の専門科目を研究するという仕組みだ。

 

 PEAK生はPEAK制度をどのように捉えているのか。今回は4人の学生に取材を行った。

 

PEAK生の意見

 

 まずは前期課程の「国際教養コース」に在籍するサーカー壽梨さん、加藤匠馬さん、ファン・ズハンさん(それぞれPEAK・2年)。

 

左からサーカー壽梨さん、加藤匠馬さん、ファン・ズハンさん(撮影・宮路栞)

 

――まず初めに入学の経緯を教えてください

サーカーさん「私はインドと日本のハーフなのですが、小学校に入る前からずっとインドにいたので、日本人としてのアイデンティティーを求めに日本の大学に入りたかったんです」

加藤さん「僕も似たような感じですね。僕は日本人ですがずっとアメリカに住んでいたので日本に住んでみたかったから、日本の大学に入ろうと思っていました」

ファンさん「私は2人とは違って中国人なのですが、最初はアメリカに行きたかったんです。それでアメリカの大学と香港の大学を受けるついでに東大を受けてみたら受かっちゃって。そこからどこに行こうか考えてみると、アメリカと香港に比べて東大に入った方が将来どうなるか想像がつかなくて面白そうだと思ったんですよね」

 

――PEAKの良い点はどこだと思いますか

加藤さん「いろんな人と話せるのは良いかな」

ファンさん「私もそう思います。クラスメート世界中から集まっているから毎日新たな視点を知ることができるのが面白いです」

サーカーさん「PEAKの授業は少人数なのが多いからじっくり教えてもらえるのが助かります」

 

――ではPEAKの悪い点は

サーカーさん「もっと英語のできる教員がいるといいですね。日本人の教授がほとんどで後は中国人の教授なので先生の方も多様化してほしいです」

加藤さん「それともっと難しい資料を読みたいです。少人数で教えてもらえるのはいいけど逆に下に合わせ過ぎて授業のレベルが下がっている気がします」

サーカーさん「PEAKの授業をもっと増やせば良いと思います。選択肢が少なくてあまり興味があるのがないです」

ファンさん「一般生との交流が少ないのもあると思います。PEAKの授業をもっと増やして一般生もどんどんPEAKの授業に来れば良いと思います」

加藤さん「たしかにPEAKだけちょっと孤立してる感じがしますね」

サーカーさん「一般生の授業を取りたくてもPEAKの宿題が多過ぎるし、日本語の授業があるとはいえ外国人の子には日本語で授業を受けるのは少し難しいと思います」

 次は一般入試から進学選択の制度を利用してPEAKの「国際日本研究コース」に進学し、現在はアメリカに留学中の浅野宏耀さん(PEAK・3年)。

 

浅野宏耀さん(写真は浅野さん提供)

 

――PEAKに進学したのはなぜですか

浅野「何か一つやりたいと思えるものがなかったので教養学部を考えていたところで、2年生の時に履修した中国に行く授業を経て日中関係について関心が高まったので今在籍している国際日本研究コースに決めました。英語ができるようになりたかったことと留学生の友達が欲しかったことも理由ですね」

 

――PEAKは全授業が英語で行われますが授業についていくのは困難ではありませんか

浅野「少し大変ですが、授業やレポートをこなすたびに少しずつ上達します。その実感が自分でも分かるので楽しいですね。進学選択で悩んでいた時にPEAKに進んだ先輩に話を聞いたとき、特別英語は得意ではないけれどなんとかやっていけてると言っていました。その通りだと思います」

 

――PEAKの良い点はどこだと思いますか

浅野「多様な学生が集まっていることですね。さまざまな意見や視点を見聞きできるので楽しいです。留学生が増えることで大学の雰囲気も変わるだろうし、一般生の意識も変わると思うのでPEAKの存在はとても重要だと思っています」

 

――PEAKの改善すべき点は

浅野「専攻が二つしかないことです。自分の専攻をあまり気に入ってない学生が多いように感じます。もっとPEAKで学べる学問の範囲が広がると良いと思います。PEAKの授業は選択の幅が狭く、興味に沿って時間割を組むことが難しいです。もっと英語で開講する授業の数が増えてほしいですね。それと同時に、一般生ももっとPEAKの授業を受けてほしいです。たとえば、英語の勉強に、といって英語中級や英語上級を余分に取る生徒もいますがPEAKの授業を取った方が効果的だと感じる時があります。また、それによって留学生と一般生の交流が増えることを願っています」

 

一般生の意識改革も必要

 

 PEAKの良い点と悪い点ははっきりしているようだ。つまり、さまざまな視点を持つ人に出会うことができて日々新たな発見がある一方で、授業の選択肢が少ないことや一般生との関わりが少ないことが問題となっている。

 

 一般生との交流に関しては、4人が言っているように一般生もPEAKの授業を取ることが一つの解決法になるだろう。記者の周りにもPEAKの授業を受けている人が何人かいるが、そのような人は珍しく、「さすが」といった評価になりやすい。そうではなく、全員が受けるのが普通という環境に持っていくことが重要になってくると思う。そうなってくればPEAKの授業をもっと増やすべきという意見が多くなり、大学側も要望に応えるためにPEAKの授業を増やしやすくなるのではないか。

 

 東大がグローバル化を推進していく限り、PEAKの発展は不可欠だろう。一般生とPEAK生の交流を通して、学校生活がより良いものになっていくことを期待したい。

【東大PEAKに迫る①】PEAK生が語る、制度の利点・欠点とは?東大新聞オンラインで公開された投稿です。


【2017年10月アクセスランキング】「ボカロ」関連の記事が人気

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記者会見でインタビューに答える宮台投手(左)、インタビューに応じる星さん

 

 東大新聞オンラインで10月に公開した記事の10月中のアクセスランキングを調べたところ、1位はボーカロイド(ボカロ)についての特集記事だった。駒場キャンパスで開講されている「ボーカロイド音楽論」(ぱてゼミ)の講師鮎川ぱてさんと受講生に話を聞いた。初音ミク誕生から10周年を迎える今年において、ボカロの歴史や特徴を聞くことでその隆盛が続く背景に迫った。ボカロに学術的にアプローチする「ぱてゼミ」の内容が注目を集めたようだ。

 

 今回のランキングには硬式野球部関連の記事が五つランクイン。硬式野球部は10月7、8日の試合で法政大学に連勝し15年ぶりの勝ち点を挙げた。この偉業に大きく貢献したエース宮台康平投手(法・4年)は26日のプロ野球ドラフト会議で日本ハムの7位指名を受け、東大史上6人目のプロ野球選手になるべく仮契約を結んだ。

 

 4位は「偏向報道」の実態と原因に迫った記事だった。ネットメディア『アゴラ』の編集長、新田哲史さんに既存メディアの問題点やネットメディアの展望を、ネット社会を研究する木村忠正教授(立教大学)には偏向報道が叫ばれる原因を聞いた。メディアは枠組みにとらわれ中立性を失っていることや、本来主流である保守的基盤が顕在化していることを示した。

 

 6位に入ったのは情報学環教育部に所属し、LGBTが働きやすい社会を目指しLGBTの求職者と企業の仲立ちを務める会社を立ち上げた星賢人さんへのインタビュー記事。マスメディアがLGBTへの固定観念を形成していることや、LGBTが職場で息苦しさを感じている現状について話を聞いた。星さんは、性別にとらわれることなく皆が自分らしく働ける社会の必要性を訴えている。

 

【2017年10月アクセスランキング】

1         「初音ミク」10周年 知れば知るほど奥深いボカロの世界

2          硬式野球 法大に連勝で15年ぶり勝ち点 前半の大量得点を救援の宮台投手が守り切る

3          日本ハム7位指名・宮台投手 記者会見一問一答

4          「偏向報道」 実態と原因 ネット普及で問われるメディアの在り方

5          アメフト 一橋大に逆転勝利でリーグ戦3連勝 下級生の活躍光る

6          みんなが自分らしく働ける社会を LGBTの就活を支える学生起業家が描く未来

7          硬式野球部・宮台投手を日本ハムが7位指名 東大史上6人目のプロ野球選手へ

8          アメフト 大雨の中、学芸大との接戦制し開幕4連勝

9          硬式野球 プロ志望・宮台投手が今季2度目の完投勝利 前半大量得点で法大を圧倒

10         硬式野球部 祝勝ち点獲得! 写真と監督・選手コメントでプレイバック

 

※当該期間に公開した記事のみを集計

 

過去のランキング

【2017年9月アクセスランキング】哲学者の勉強論に高い関心

【2017年8月アクセスランキング】「駒場図書館冷房停止」が1位

【2017年7月アクセスランキング】宮台教授のメッセージに注目

【2017年6月アクセスランキング】「N高」に注目 論文不正問題に依然高い関心

【2017年5月アクセスランキング】高橋まつりさん関連記事に大きな注目

【2017年4月アクセスランキング】今年も新入生アンケートに高い関心

【2017年3月アクセスランキング】トップは東大生のテレビ 合格発表の記事も上位に

【2017年2月アクセスランキング】東大女子の座談会特集、入試関連記事に注目

【2017年1月アクセスランキング】1位はブラックラボ検証 受験関連記事も人気

【2016年アクセスランキング】東大新聞オンラインで今年1番読まれた記事は……?

【2016年11月アクセスランキング】トップは図書館閉鎖問題 アメフト、制作展の記事が続く

【2017年10月アクセスランキング】「ボカロ」関連の記事が人気東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【世界というキャンパスで】額田裕己さん③ 絶景を背にして湖畔を快走

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 卒業後に僕がまず向かったのは南島の南の果て(正確にいうと最南端ではないのだけど)クイーンズタウンだった。そこで11月に開かれるクイーンズタウン国際マラソンにボランティアとして参加するためである。またニュージーランドを縦断するにもはるか南のその都市はスタート地点として好都合だった。ちなみにニュージーランドは北島と南島の二つに分かれており、僕が語学留学で滞在していたオークランドは北島の北部にある。

 

 クイーンズタウンは良くも悪くも最も印象が強い街だった。初めての1人暮らし、バックパッカーの旅がここからスタートしたからである。最初は悪戦苦闘である。料理、これがまず難しい。どうにかいくつかの簡単な料理はできるようになった。しかしある時小麦粉を買いすぎて消費せねばならず、小麦粉を使ってできる料理はパンケーキだけ。結果1週間パンケーキしか口にしない生活を送ったのもここクイーンズタウンである。

 

 バッパーでの生活の仕方を覚えたのもここである。バックパッカーが滞在する、一部屋にいくつもあるベッドのうち一つを借りて滞在する形式の安宿を、通称バッパーと呼ぶ。(バックパッカーズの略である)。イメージが難しければ、映画「ハリーポッター」にでてくるグリフィンドール寮みたいなものを想像してくれたらいい。要は他人と一部屋をシェアして暮らすのだ。これが楽しいのである。プライバシーのかけらもない宿だから、苦手な人は苦手だろう。しかし僕は一人旅の身で、出会いに飢えていた。誰かと話したい、友達になりたい。そんな思いで同室になった人には片っ端から話しかけた。大抵話しかける相手は英語圏からの旅行者だったが、英語力のレベルの違いなどはどうでも良いと思えた。

 

クイーンズタウン国際マラソンのスタート地点となったワカティプ湖(写真は額田さん提供)

 

 最大のイベント、クイーンズタウン国際マラソンはすぐにやってきた。大会前日はボランティアとして会場設営を手伝ったのだが、当日はついでに走ってしまおう、と思い立ってレース参加を申し込んだのだ。11月19日の朝、自分を含めた10キロレースの参加者はスタート地点であるワカティプ湖畔の丘へとバスで移動する。クイーンズタウン自体がこの湖の湖畔に位置しているのだが、この丘から見下ろしたワカティプ湖がまた絶景なのである。まだ肌寒い朝9時にレースはスタートした(ニュージーランドはこの時春である)。レースは美しい湖のほとりに沿って進む。僕は最初から飛ばした。先頭集団は同様に飛ばしている人が多いから、少しの間我慢して走れば一人二人とこぼれ落ちてくる。それを捕まえては抜いていく。抜いていくおじさんに「君速いな!」と声をかけられ、気を良くしながら前に脚を進める。残り1キロでスパートをかけてゴール。タイムは平凡だったが、なんと20歳未満の部で2位を取ってしまった。嬉しい驚きである。

 

 走り終えた後に、その場で出会った人と健闘を讃え合い、一緒に街へ繰り出すというのも一人旅ならではの経験であった。

 

ゴール後の額田さん(写真は額田さん提供)

 

(寄稿)=続く

 

【世界というキャンパスで】額田裕己さん

【世界というキャンパスで】額田裕己さん② 英語力と自信つかむ

 

【世界というキャンパスで】額田裕己さん① 大自然での一人旅へ


この記事は2017年11月21日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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【世界というキャンパスで】額田裕己さん③ 絶景を背にして湖畔を快走東大新聞オンラインで公開された投稿です。

魅力を知れば世界が広がる 東大生に聞く「3大SNS」それぞれの使い方とは

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 休み時間にツイートチェック、友達と遊んだらインスタグラムで写真を共有……。今や、SNS(会員制交流サイト)は大学生の生活の一部になりつつある。総務省が今年7月に公表した調査報告(表)によれば、10代の8割強、20代の95%以上が何らかのSNSを利用。中でも群を抜いているのが、ツイッター、フェイスブック(以下FB)、インスタグラムだ。東大生は、これらのSNSとどのように向き合っているのか。それぞれの魅力を知る3人に話を聞くとともに、SNSを利用していない学生にも取材し、東大生のSNS事情を探った。

(取材・山口岳大)

 

「気楽」インスタが急伸

 

 ツイッターは前述の調査によれば10、20代共に約6割が利用する人気ぶり。東大でも積極的に利用するユーザーは「クラスに4割程度いると思う」(文Ⅰ・1年)。友達からの「いいね」やリツイートを通じ「自己肯定感を高められる」(文Ⅱ・1年)他、他人のツイートから、面白い話題や大学の情報を収集しているという。

 

 一方、FBは前調査で15年から16年にかけ、20代で利用率が約7ポイント減少し、若者離れが指摘される。用途は「連絡先保存用」(文Ⅰ・1年)などに限られ、投稿も少ない場合が多く「節目ごとに投稿する友人は20人に1人くらいのイメージ」(文Ⅰ・2年)。比較的フォーマルで「情報価値の高い内容が提供される」ため、敷居が高く感じられることが一つの要因とみられる。

 

 著しく台頭しているのが、インスタグラムだ。前調査では、15年から16年にかけ、20代の利用率が約14ポイント増加した。「部活でほとんどの人がアカウントを持っています」とある女子運動部の学生。他のSNSより、写真や動画に特化しているのが特徴だ。昨年8月には、投稿が1日で自動削除される「ストーリー」機能も登場し、人気を博す。前出の女子運動部の学生は「一生残る投稿よりも気楽でいいんだろう」と話す。


Twitter

独り言許容される心地よさ 現実世界とは分けて考える

 

えいちゃーさん @EICEAR

―—ツイッターの魅力とは

 特有の距離感に心地よさを感じます。直接話すと煩わしいことでも、独り言として許容される場です。異なるコミュニティーに触れる新鮮さも魅力。ツイッターで知り合った相撲好きと国技館に行くなど、実際に会うこともあります。

 

―—投稿で心掛けていることはありますか

 僕は現実世界とツイッターを分けて考えています。インターネット上の知り合い向けアカウントの他に、学校の友人向けアカウントがあるのもそのため。下書きしてみて、より多くの人が共感してくれそうなものを前者で投稿しています。

 

―—SNSには、トラブルもつきものかと思いますか

 一度、マスコミの取材が来るほどツイートが伸びた(多数の人に共有された)ときのこと、素性が暴かれたり、勝手な憶測が飛んだりする騒ぎになりました。もし実名を公表していたらと思うと、ゾッとします。最近は経歴や自撮りを普通に載せる東大生も多く、個人情報の扱いが軽くなっている印象を受けます。

 

えいちゃーさんの「伸びた」ツイート

 

Facebook

友人の近況や考え方知る 弱いつながり、役立つことも

 

吉井 啓太さん
(農・6年)

―—FBの魅力とは

 友人の近況や考え方が分かる点。直接会うとき、会話が広がる種になります。

 

—―FBでの投稿の特徴は

 実名が主で、真面目な発信が多いです。中には、人生の奇麗な側面が強調され過ぎ違和感を感じる人もいます。一方的に発信されたメッセージに、受信者が従属的にコメントするだけの場合が多いのも特徴。そのため、受信者同士の交流も生まれにくいようです。

 

―—2600人以上が友達登録されるに至った理由は

 学外の活動が盛んだった大学2、3年で、積極的につながりを増やしました。ただ、ここまで増えたのは、FBという気軽なツールがあったからこそ。人間関係には「強い紐帯(つながり)」と「弱い紐帯」があるといいますが、FBは後者を保てる手段です。幅広い分野の友達と「弱い紐帯」でつながっていれば、仕事で助けになることも。僕自身、図書館でも入手できない論文を海外の友人に入手してもらった経験があります。これこそ、FBの醍醐味だと感じています。

 

Instagram

友人と共有できる「日記」 幸せな体験 写真と共に投稿

 

Maiさん @maikyasl

―—インスタグラムの魅力とは

 思い出を言葉や写真と共に残しておける上、周りに楽しかったことをアピールできます。他人に見られる日記という意味で、平安時代の日記文学に通じるかもしれません。

 

 

―—主な投稿の内容は

 出掛けたり、映画を見たりといった特別なことをして幸せを感じると、投稿したくなります。私の場合、容量が大きく見るとキリがない「ストーリー」機能より、タイムライン上に流れる通常機能での投稿が中心です。自分へのエールや軽い愚痴など、日常的な感情をつぶやくツイッターとは区別しています。

 

—―友人関係への影響は

 自分が楽しんだことを友達に共有でき、話が盛り上がります。写真と共に投稿する分、イメージが伝わりやすいんです。一緒にランチをした友人などが「楽しかった!」と投稿していると、うれしくなります。普段遊ばない友人の投稿にコメントしたことから、交流の機会に発展したこともありました。

 

「ストーリー」の画面イメージ

非利用者の声 SNSへの「拘束」懸念する声も

 

 一方、「3大SNS」をあえて利用しない東大生も。その理由として目立ったのが「必要性を感じない」だった。「実際に会って話せばいい」「ラインで十分」など、現状に満足している様子がうかがえる。中には「炎上」や過度の熱中を懸念する意見も聞かれた。

 

 SNSを使わないと、「会話についていけなくなる」など情報格差も生じる。それでも「投稿しなければならないという義務感」や「SNS上での人間関係」による拘束を厭う思いが強く、利用を始めるには至らないようだ。

 

 ただ、必ずしも否定的な意見ばかりではない。Aさんは、SNSにより生じる問題は「判断した個人の責任」だとし、SNSそれ自体に非はないと主張。Bさんは、SNSは決して特殊なものではなく「自己承認欲求を満たすさまざまな手段」の一環なのではないか、と述べた。

 SNSの利用法は千差万別。記者もユーザーの一人だが、取材を通じその奥深さに驚嘆した。自分なりの使い方にこだわっても良いが、積極的に他のユーザー、他のSNSに目を向けてはいかがだろうか。意外にも、人生を豊かにするヒントが転がっているかもしれない。


この記事は2017年10月24日号に掲載された記事を再編集したものです。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

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ニュース:木曽観測所 地球に接近した 小惑星を動画撮影
企画:魅力を知れば世界が広がる 東大生に聞く「3大SNS」それぞれの使い方とは 
企画:世界を魅了する利便性 iPhone10周年、アップルの強みとは
推薦の素顔:中山裕大さん(理Ⅰ・1年→理学部)
火ようミュージアム:岩立フォークテキスタイルミュージアム 高地に暮らす人々の毛織物 ―中国(イ族)、チベット、ブータン、インド北部
東大最前線:自然災害と生態系
キャンパスガイ:ウィジャヤ=テオドルスさん(理Ⅰ・1年)

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【初年次ゼミナール特集企画】受講学生の生の声 初ゼミが与えた影響とは

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 2015年度から開始した東大前期課程での少人数授業、「初年次ゼミナール(初ゼミ)」。その魅力や改善点を中心教員に聞いた前回に引き続き、特集2回目の今回は学生たちに実際に授業を受けてどのように感じたかを取材した。

 

初年次ゼミナール理科

 

(写真は増田建教授提供)

地底の謎を探る 鈴木庸平准教授(理学系研究科)

 千葉県の地層などから主に地震とガス田について調べて考察する、という授業で、地学に興味があったため希望しました。授業前半の週末に、1日かけて房総半島の地層を見て回るフィールドワークがあり、まずそこで見たものについてグループごとに調べて発表しました。発表は全部で4回あり、地震の原因や南関東ガス田の成因についてテーマごとにグループに分かれ、先生が指定した文献読んで発表し、最後は地底の好きなテーマについて個人ごとに発表しました。一番楽しかったのは、先生にいろいろなことを教わりながら実地で地層をたどることができ、断層を観察できたフィールドワークです。

 授業を通して、千葉県の地層や地質学的歴史、さらには地学研究の現状と課題についての理解が深まった他、英語の地学用語といった知識や、学術論文を探して読むためのスキルを身に付けることができました。全体的に論文を読んで発表する、というアクティビティが多かったので、もう少し他の要素を組み込んでも良いのではないかと感じましたが、総じて満足度の高い授業でした。

(理Ⅰ・1年)

 

「考えるカラス」を考える 鳥井寿夫准教授(理学系研究科)

 『考えるカラス』という、番組内で出てくる現象の解説が一切行われないNHKの科学番組に出てくる実験について、自分たちで実験を再現しながら仮説を立ててなぜそのような現象が起こるのかを実証する、という授業でした。前半は教員の専門がレーザー物理ということもあって光学についての講義があり、後半で興味を持った実験ごとにいくつかの班に分かれて実験をして最後に研究結果を発表しました。物理の道に将来進みたいと考えており、自分で仮説を立てて実験を組み立てられると聞いたのが物理系の中でも特にこの授業を希望した理由です。興味がある分野だったため授業は毎回楽しく、特に仮説を立てる段階のディスカッションがワクワクしました。逆に実験は回を重ねたにも関わらずうまくいかなかったため少しつらい思い出です。選んだ実験が光学に関係していたため光学の本を読み込み、知識を深めることができました。実験する時間が短かったことを除けば特に授業に対する不満もありません。

 半年間受けてみて、初ゼミは興味の湧く分野の授業に当たれば大きな収穫がある良質なプログラムだと感じました。これから初ゼミを受講する方々に対しては、どの初ゼミも第一線で活躍されている教員が教えるレベルが高いものなので、この機会を生かすも殺すも自分次第だと伝えたいです。

(理Ⅰ・1年)

 

体験的ものづくり学 ——3Dプリンタによるコマづくり—— 三村秀和准教授(工学系研究科)

 3Dプリンタを利用したコマの作成を通して、ものを作る過程やその複雑さを学ぶという趣旨の授業でした。最初の授業で簡単なコマの解説をし、その後4~5人のグループに分かれ簡単に作りたいコマのテーマをブレインストーミングして決定、具体的な構造について詰めていくという流れです。毎回の授業で進捗について軽くプレゼンテーションをしました。コマの作成は時間がかかるので、土日に試作・本番の計2回集まって行いました。自分の班のコマのコンセプトはコマonコマという、回っているコマの上でさらにコマを回そうというものです。コマを作成するときに、どうすればテーマ通りに実現できるかを考えるのが楽しく、授業を通してものづくりの奥深さを学べた実感があります。

 最初はただでさえ忙しそうなカリキュラムに加えてなぜ初ゼミまでやる必要があるのかと思いましたが、いざやってみると少人数のグループで和気あいあいと作業に取り組め楽しめました。特に理系の初ゼミは点数がつかない合否判定のみの授業なので、皆伸び伸びやることができると思います。

(理Ⅰ・1年)

 

(写真は増田建教授提供)

 

初年次ゼミナール文科

 

近現代の哲学的自由論とその倫理学的意義 景山洋平講師(教養教育高度化機構初年次教育部門)

 景山先生の授業では、前半はカントやヘーゲルなど近現代哲学の著作講読をし、後半は各々の論文課題に関する研究を行いました。各授業は20人程度の少人数で行われ、ディスカッションや生徒による発表が積極的に取り入れられており、受講者が主体的に取り組む場面も多かったように感じます。

 カントやヘーゲルなどの著書の講読およびディスカッションは特に印象に残っています。元々複雑な事柄について述べられたものである上に翻訳されていたので、読み解くのはとても難解な作業でしたが、複数人でのディスカッションを重ねることで次第に内容を理解することができました。授業を通して学んだのは、論文を書くことの難しさと楽しさでしょうか。論理の飛躍を避ける、引用を明示するといった注意事項は当たり前のものですが、夢中で論文を書いていると忘れてしまいがちです。論文に没頭しながらも慎重さを欠いてはいけません。一方で、論文を書き進めていくとき、書き終えたときの達成感は名状しがたく、世界が論文を書く前とは違ったように見えました。

 入学したての大学1年生にとっては課題が難しく、量も多くてつらかったですが、成長につながりました。過酷だったにも関わらず論文を完成させることができたのは先生のきめ細やかな指導のおかげです。学問に携わる人全てにこうした教育が行われるといいと思います。

(文Ⅰ・1年)

 

「翻訳によって書かれたテクスト」の研究 大西由紀助教(総合文化研究科)

 まず「翻訳」には、文学作品の日本語訳といった「言語間翻訳」に限らず、小説や漫画を実写化・アニメ化する「ジャンル間翻訳」という種類もあることを学びました。その後は先行研究の論文を読むことを通じて論文の書き方を教わり、実際にエドガー・アラン・ポーの『大鴉』という作品の原文とその日本語訳を分析しました。授業の後半では、自分の興味ある翻訳作品について調べ、小論文を執筆しました。授業の最終盤では、グループに分かれて自分達が作成した小論文を一つの冊子にまとめるという作業を行いましたが、この作業は編集者気分になれて楽しかったです。

 私はDaniel Keyesによる”Flowers for Algernon”と、小尾芙佐による工夫の凝らされた日本語訳『アルジャーノンに花束を』について比較した論文を執筆しました。他にも原作と映画作品のジャンル間翻訳について書いた人や、ディズニー映画のタイトル翻訳について書いた方もいました。

 初ゼミを通じて、基本的ながら決して疎かにしてはいけない「正しい」論文の書き方を身に付けられたのは良かったです。初ゼミでは、私のように希望通りの授業にならなかった人でも、講義の中で興味深い発見ができると思うので、これから受ける皆さんにはぜひとも意欲的に取り組んでもらいたいと思います。

(文Ⅰ・1年)

 

現代民主主義の思想的問題、ポピュリズムを手掛かりとして 森政稔教授(総合文化研究科)

 ポピュリズム、多文化主義、格差社会と貧困、政治的コミュニケーションといったテーマのうち、自分が興味を持つものを掘り下げる授業でした。この授業を希望したのは、最近何かと世界的にポピュリズムが話題になることが多かったからです。授業では選んだテーマごとにグループ分けがなされました。各グループに与えられた2冊程度の本をメンバーで分担して読み、自分が読んだ箇所について授業で発表するという流れです。担当者の発表の後、先生や他の学生との質疑応答があり、その後先生が補足説明とコメントをするという形で進みました。例えば高校や大学が職業訓練的な役割を果たすべきなのではないか、という教育についての他のグループの発表には大変刺激を受けました。

 授業の中で学生が主体的に動く機会は発表のときくらいでしたが、中には先生に質問をして熱心に議論している人もいました。このように積極的に発言する熱心な人とそうでない人のモチベーションに差があったのが課題ですが、やりたくない人を無理やり授業に参加させるメリットはないので、現状維持で良いだろうと私は思います。

 大学では高校までと違い、自分で問題やテーマを見つけて調べる機会が多いです。その練習ができると思えば、多少課題はあるにしろ初年次ゼミナールは大変良い機会だと考えます。

(文Ⅰ・1年)

 

 満足度が高いという人もいれば課題を指摘する人もいる。初ゼミを受けた学生の感想は人それぞれだ。しかし多くの人が大学の学問の入り口として、初ゼミは最適な授業だと口をそろえる。導入授業としての初ゼミの最大の目的はおおむね達成されているといえるだろう。

 

 しかし、まだ全ての学生が満足している状況ではない。前回の教員へのインタビューからも、解決すべき問題が残されていることは確かだ。今年で開始3年目を迎えた初ゼミ。その挑戦はこれからも続いていく。

【初年次ゼミナール特集企画】受講学生の生の声 初ゼミが与えた影響とは東大新聞オンラインで公開された投稿です。

【著者に聞く】21世紀のアニメーションがわかる本 アニメは「私たち」の時代へ

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『21世紀のアニメーションがわかる本』

土居伸彰著、フィルムアート社、税込み1944円

 

 昨年は『君の名は。』を筆頭に日本でアニメーション映画が盛り上がりを見せた年だった。本書によれば、この映画は21世紀のアニメを理解する上で象徴的な作品であるという。アニメが現代的にどう変化しているのか、鋭い分析を行った本書は新しい「アニメーション入門書」だ。

土居伸彰さん(ニューディアー代表)

 著者の土居伸彰さんは、東大大学院での博士論文を書籍化した『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』の応用編として、本書を構想した。21世紀にフォーカスを当て「世界全体のアニメの見取り図を示すことで、日本と海外に分断されがちな見方を変えたかった」。

 

 本書の前半では、2000年代以降のデジタル化による、世界のアニメ制作の状況変化が説明されている。デジタル化はアニメの「伝統」を強化する一方、グラフィック・ノベルやドキュメンタリーとの融合など「部外者」の参入を招いた。これらは、「伝統」が重視する「生命感あふれる運動の創造」としてのアニメとは別の原理を作り出す。

 

 アニメは20世紀、「私」の物語を描いてきた、というのが土居さんのもう一つの主張だ。反現実的である強い意志や思想を持った「私」が世界と対峙する過程で、観客に対し「他者」や「空想」の物語を追体験させるという。

 

 しかし、10年代に入って、「私」から「私たち」という変化があることに気付いたと語る。これが本書の後半で書かれる内容だ。「個性的な存在であることをやめて匿名化し、世界の在り方にただそのまま身を委ねるだけの作品が増えました。『私たち』の時代には、現状肯定的な性格があります」と土居さんは話す。「『君の名は。』が象徴的で、監督の新海誠は現状を否定しない。初めて思想のないアニメ作家が出てきた感じがしました。現実が厳しい中で、それでも自分自身の人生を肯定してくれる何かに身を委ねたい人々の要望に応えるかのようでした」。作り手本位ではなく、作品の受け手本位。それもまた、「私たち」の時代のアニメの特徴なのだ。

 

 その上で土居さんは、現状肯定のその先を見据える。湯浅政明監督の作品に顕著なように、「『私』からの解放により、自分があらゆる別の存在であるかもしれないという可能性を示唆してくれる」ことも、「私たち」の時代特有のものだと語る。「それは、世界が変わっていく中で重要な視点なのではないか」

 21世紀の今、明確な基準が消えてさまざまなアニメーションの存在が許容されている。だからこそ、本書全体を通しても「いろんな可能性がある時代であることを伝えたかった」という。そのような意味では「東大の前期教養課程はとても良いところで、自分の興味とかけ離れた授業を取るべき。それが積極的に自分を『私たち』にしていくメソッドではないでしょうか」。

「著者に聞く」では、本の著者に取材して執筆の背景や著作に込めた思いを掘り下げます。


この記事は、2017年11月7日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

 

 

ニュース:5割以上が自民に 衆院選×東大生 世代間で投票率に差
ニュース:9季ぶりリーグ優勝 軟式野球部 舞台は東日本大会へ
ニュース:ヒトiPS細胞から運動神経モデル作製
ニュース:硬式野球部 単独最下位を脱出 楠田選手がベストナイン
ニュース:学務システムでアンケート 新学事暦への評価問う
ニュース:いざ、北の大地へ
ニュース:進学選択を振り返る② 面接・志望理由書の実態 評価基準の不透明さに疑問
企画:10月27、28日 柏キャンパス一般公開 最先端の科学を味わう 
企画:他者との直接のつながりを 京都大学・山極総長、本郷でAIについて講演
企画:最新技術で溶け合う境界線 進化する最新ゲーム事情
著者に聞く:『21世紀のアニメーションがわかる本』土居伸彰さん
世界というキャンパスで:額田裕己さん(文Ⅲ・1年)②
キャンパスガール:髙橋紗里奈さん(文Ⅱ・1年)

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【著者に聞く】21世紀のアニメーションがわかる本 アニメは「私たち」の時代へ東大新聞オンラインで公開された投稿です。

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